2017年10月15日日曜日

[その他] 映画『人生フルーツ』


オリジナルは2016年3月に放映された東海テレビ放送のTVドキュメンタリー番組で劇場版に再編集された作品だそうです。広島での上映館は八丁座。前回は満席で観ることができず本日は開館前から並んで残り10席というところでやっと観ることができました。(前売りがあるのですぐに満席になる様子)。

観客は当方と同年代の人が多かったです。

映画の前にお二人のスローライフは著書で知っておりましたが、淡々とした日常を2年以上にわたって撮影し、最後は、ご主人の最後の映像までカットせずに編集されてます。

以下、東海テレビのサイトから内容紹介。

本編も感動ものですが、故・津端修一さんの生涯は日本の近代の慟哭そのものでした。

海軍技術士官(少尉)としてマッカーサーを厚木飛行場に迎え、戦後は日本住宅公団で各地の団地を手掛け、経済効率一辺倒の公団へのアンチテーゼとして自ら開発したもののコンセプトが崩れた団地に土地を買い、更地だった300坪の自邸を何十年もかけて土質改良して雑木林まで作り、といった感じで、成熟した日本への警鐘とも思える一生です。

思わず落涙していまった場面があります。戦時中行動を共にした台湾からの少年徴用工員と再会し、宴会の席で日本の軍歌を合唱します。50年以上音信普通だった工員は政治犯として銃殺されていて、荒れ果てた墓に贈られたという印鑑を埋めます。
津端さんは泣きながら軍歌を低くうなるようにして歌います。

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90歳の建築家、津端修一さん(元広島大学教授、元日本住宅公団)と、
87歳の妻、英子さんは、愛知県春日井市の高蔵寺ニュータウンに暮らしている。

 津端さんは、戦後最大の都市計画ともいわれた「高蔵寺ニュータウン」の基本設計をした人物で、
建築家の丹下健三やアントニン・レーモンドに師事した後、
日本住宅公団の創設期の中心メンバーとして、
激動の戦後日本の“住宅”、“団地”、“ニュータウン”を作り続けてきた。

 津端夫妻は自ら設計をした高蔵寺に、完成当時から住み続けていて、約50年が経過した。
その自宅では、50年前に植えた小さな苗木が、今では鬱蒼とした雑木林に成長し、
枯葉をまいて土を耕し続けた畑では、年間を通じて約100種類もの野菜や果実が育っている。
妻の英子さんは、外食はせず、コンビニで買い物はしない主義。
畑で収穫した作物を使って、夫のために自慢の手料理を丁寧に作る日々を送る。
英子さんは言う、「食は命」と。

 ふたりが暮らす家は、尊敬するアントニン・レーモンドの自邸を模した、
30畳一間、平屋建ての杉の丸太小屋。
食事も仕事も睡眠も、ワンルームで過ごす機能的で快適な生活である。
ふたりの暮らしぶりは、まるで現代の桃源郷のよう。
90歳と87歳、津端夫妻のモットーは「年を重ねるごとに美しくなる人生」。

 番組のナレーションは、女優の樹木希林。
70歳を超えても輝き続ける女性の代表格で、自らの人生の終末について、
その発言が常に注目を集めている。

この番組では、建築家、津端修一さんと、妻の英子さん、
ふたりの暮らしを追った“人生のものがたり”である。


津端修一

平成27年6月死去、享年90
・大正14年(1925年)愛知県岡崎市生まれ 
・戦時中は海軍技術仕官(少尉)として厚木飛行場に赴任
・戦後、東京大学第一工学部建築学科に入学し、丹下健三の下で学ぶ
・日本住宅公団発足と同時に入団
・多摩平団地、阿佐ヶ谷住宅、高蔵寺ニュータウンなどを設計
・広島大学教授、三重大学教授などを歴任

津端英子
88歳
・昭和3年(1928年)愛知県半田市生まれ
・200年以上続いた造り酒屋の娘として育つ
・妻、英子は
「あしたも、こはるびより」
「ひでこさんのたからもの」
「キッチンガーデンのある暮らし」
など著作多数

ナレーション 樹木希林
スタッフ ディレクター  伏原 健之(東海テレビ)
プロデューサー 阿武野 勝彦(東海テレビ)

http://tokai-tv.com/jinseifruit/
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2017年10月8日日曜日

[あの頃のレコード] "The Basement Tapes"(1975) (2)


"The Basement Tapes"(1975)

ボブ・ディランとザ・バンドが練習を兼ねて録音した『地下室』からザ・バンドが単独で演奏した8曲を紹介してます。
今回は2回目の4曲。

『地下室』の正式レコード発売は1975年ですが、録音は1967年6月から9月。一部の曲は1975年3月に録音。正規でのレコード発売を予定していなかったので先に海賊版が出回り後に正規版が発売されました。

.Side tree 3 "Ain't No More Cane"
アメリカ南部の囚人労働歌だそうです。アーカンサス州出身のリヴォン・ヘルムが父親から習ったそうです。ブルースの原形みたいな曲ですね。リードヴォーカルがリヴォン・ヘルム、ロビー・ロバートソン、リック・ダンゴ、リチャード・マニュエルと順番にとって、
コーラス部分は4人の合唱になっています。マンドリン、アコーディオンの入った雰囲気のある曲で、ザ・バンドならではという感じです。

.Side tree 5 "Ruben Remus"
ロービーとリチャードの共作のゆったりとした曲。コーラス等の工夫はなくリチャード・マニュエルのリードのみが魅力的です。おそらく他のロック調の曲の続きでさらっと録音した感じですね。
後年のバンドの曲に通じるものがありますが曲としては単調で、リチャード・マニュエルの絞り出す高音のヴォーカルが好きな人は魅力があるかも

.Side four 2 "Don't Ya Tell Henry"
残りの2曲はディランの曲をザ・バンドが単独で演奏したものです。リヴォン・ヘルムがリード・ヴォーカル。過去のコンサートでディランのリードで演奏したことのある曲だそうで、雰囲気はやはりディランそのもの。
軽快なロックンロールですが、ヴォーカルはディランのほうが雰囲気はあっているかも。

.Side four 5 "Long Distance Operator"
こちらもディランの曲。ビートルズやエルヴィスがカバーしたチャック・ベリーの古典"Memphis, Tennessee"のアンサー・ソングっぽいです。過去のコンサートで歌われた曲だそうです。ディランの静養期間でもあり、次のツアーに向けて持ち歌の再確認の意味もあって録音されたのではと憶測してます。演奏としては当然こなれているので完成度は高いのですが、やはりディランの曲はディランがヴォーカルでないと魅力半減ですね。


バンド内で作曲ができ演奏ができヴォーカルも取れるとなり、総じて実力十分となったザ・バンドが、ディランのバック・バンドで終わらず単独デビューとなるのは必然のようです。

※曲目のデータは"List of Basement Tapes songs (1975)"(Wikipedia)を参照しました。

<日々是不穏 like a rolling stone > いつまで続く 小池劇場 何幕目?


9月28日に召集された臨時国会の冒頭で安倍首相は衆議院の解散に踏み切り、10月10日公示、22日投開票の日程が決まりました。

解散に大儀が必要なのかどうかは知見がありません。野党の動きもさっぱりわかりません。

当方の予想は、今回の衆議院選挙で、小池百合子東京都知事が率いる「希望の党」がある程度の議席数を確保すれば、都知事が任期満了後、国政に復帰し、次の衆議院選挙で連立政権を立て、日本国政史上初の女性首相誕生というシナリオですかね。

個人的には歓迎です。世襲の男性政治家がやるよりはかなりましだと思うので。

衆議院選挙の記事は毎日新聞がよくまとまっていたので、これも無断転載します。


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■■衆院選2017 「劇場型選挙」に乗るのか 政策や言葉の吟味、問われるメディア(毎日新聞2017年10月5日 東京朝刊)

  めまぐるしく変わる衆院選情勢。小池百合子・希望の党代表(東京都知事)が次々と話題を提供し、安倍晋三首相ら与党側は風向きを見て批判をしたり、抑制したり。それを連日テレビカメラが追い回し、メディアを巻き込んだ「劇場型選挙」の様相になっている。2005年衆院選では小泉純一郎首相(当時)が「劇場」を演出し自民党を圧勝させた。その時と重なるものはあるのか。いまメディアに問われるものは何か。【青島顕】

■混乱ぶり先行 「リセット」「選別」「分裂」
 「リセット」「合流」「選別」そして「分裂」--。希望の党と民進党の接近と混乱、それに対する与党の反応が先月28日の衆院解散前後からマスコミをにぎわせている。今月1日朝のTBSの報道番組では、司会の関口宏さんが「メディアも大混乱ですからね」と語った。

 10日ほど前まで焦点は「安倍1強」の是非だった。安倍首相は先月25日に解散を表明し、その夜のNHK、テレビ朝日、TBSの3局をはしごして報道番組に生出演した。

 ところが民進党の前原誠司代表による希望の党合流の動きが伝わった27日から構図は一変。にわかに政権選択の様相を呈したのを受けて、テレビの「主役」も反転した。27日は小池氏がNHKの報道番組のインタビューを受け、28日は前原氏がTBSの番組などに出演した。

 解散翌日の29日、朝の民放各局のワイドショーは、小池氏がカメラの前で大きな帽子を取った後「(民進党候補者)全員を受け入れるということはさらさらありません」と「排除の論理」を表明する様子を中継。解説と共に50分近く取り上げる局もあった。囲み取材に応じる小池氏や前原氏、街頭演説でそれを批判する安倍首相ら各党党首、さらに解散直後の議場前で小池氏の衆院選立候補を促す小泉進次郎・前自民党衆院議員の映像が、昼の情報番組を含めて繰り返し登場した。

 週明けの今月2日以降の民放のワイドショーも、野党分裂の動きや小池氏が立候補するかどうかの報道が続いた。政権の政治姿勢の検証や各党の政策の比較など、投票先の判断材料を提供する報道は少なかった。

 「安倍1強」の構図が固まっていた14年衆院選、16年参院選は、逆にテレビの選挙報道の低調ぶりが問題になった。民放のプロデューサーは当時「選挙(報道)は視聴率が取れないし、つまらない。バランスに配慮しなければならず面倒だ」と話していたが、今回は選挙が話題に欠かないコンテンツへと変化したようだ。「小池代表を中心に、見たことのある顔ぶれがどんどん出てきて『映像』になりやすく、番組を作りやすい。小泉劇場の反省はあるし、小池代表の立場が与野党のどちらにあるのかなど軸がぶれないかに気をつけなければならない」と話す。

 TBSの番組「新・情報7DAYS ニュースキャスター」で発表している「ニュースワードランキング」では、先月23日が「解散・総選挙」、同30日も「衆議院解散」が1位になった。一方、冒頭の関口さんのように、報道の過熱ぶりへの自戒を番組内で述べる人も出ている。

 新聞各紙の報道は、日替わりのような情勢に大きく揺れている。「小池劇場」「離合集散劇」のような表現も見られる。

 解散翌日の9月29日朝刊では、全国紙各紙は選挙の構図を報じ、「政権選択」の言葉も使った。全国紙の見出しを見ると、毎日新聞「自民VS希望」、読売新聞「自公と希望激突」、日本経済新聞も「安倍VS小池」と両者を2大勢力と捉えた。朝日新聞は「自公VS希望VS共産など」と選択肢に幅を持たせていた。

 枝野幸男氏による立憲民主党の設立表明で構図が変化したのを受けた今月3日朝刊では、毎日「3極対決構図固まる 『自・公』『希・維』『立・共・社』」、読売「3極対決固まる」、日経「3極固まる」、産経も「乱戦 三極化の構図」とそれぞれ見出しに取って報じた。朝日新聞は本文中に「三つどもえの構図がほぼ固まった」と書いた。

■■抜け落ちる論争 危惧する識者ら
 こうした状況を識者はどう見るか--。テレビと政治の関係に詳しい逢坂巌・駒沢大准教授(政治コミュニケーション)は「政治は選挙区の地域の課題と人々の要望を元に形成されるものでもあったのに、小池代表らの言動には土地との結びつきが感じられず、まるでメディアが『選挙区』であるかのようだ。地に足のつかない、ふわふわとした政治が続いている。そこに政治の行き詰まりを感じる。同じ劇場型でも『小泉劇場』の時は郵政民営化という政策がテーマではあったが、今回は安倍首相による消費税の使い道の変更も含めて政策論が上滑りしており、論争が抜け落ちている」と分析する。そのうえでメディアには「短い期間の中でどの政党がくっついたり離れたりを追うだけではなく、各党の政治の検証、政策の吟味、現状分析を伝え、どういう選択肢があるのかを示すことが必要になる」と注文を付けた。

 服部孝章・立教大名誉教授(メディア法)は12年前の05年「小泉劇場」に巻き込まれたテレビに対して「自民党の広報機関に成り下がっていると言わざるを得ない」と厳しいコメントをした。今回の報道ぶりについては「報道量は当時よりも多く感じる。ずるずる巻き込まれてはいけない」と危惧を示した。「小池代表の動向が視聴率につながるのは分かるが、政治家のパフォーマンスを映すだけではなく、冷静に言葉の内容を検証する報道をしてほしい。安倍政権に対しては4年10カ月を徹底的に見直してもらいたい。森友・加計学園問題をうやむやにされないように伝えていくべきだ。いまテレビが試されている」と述べた。

小泉劇場
 2005年夏、小泉純一郎首相(当時)肝いりの郵政民営化法案が与党・自民党の一部議員の「造反」により参院本会議で否決された。小泉氏は郵政民営化を争点に衆院解散・総選挙に出た。解散当日の記者会見では、天動説が定説だった時代に地動説を唱えた天文学者ガリレオに自身を重ねて「孤独な改革者」のイメージを演出。小泉氏は郵政民営化に反対する自民党候補を公認せず、逆に対立候補を次々に立て「刺客」と呼ばれた。その一人が東京10区に国替えした小池百合子氏だった。テレビの情報番組やワイドショーは「刺客対造反」の構図の33選挙区の動向を連日追い掛ける「劇場型選挙」の展開になり、政権交代を訴えた民主党は埋没した。自民党は単独過半数の241を大きく超える296議席を獲得して圧勝。メディアへの露出を戦略的に研究した成果も出たとされる。



画像は敬愛するコラムニスト・小田嶋隆さんの日経ビジネス連載「ア・ピース・オブ・警句¥(2017年10月6日付)から無断転載しました。
http://business.nikkeibp.co.jp/atcl/opinion/15/174784/100500113/

2017年10月1日日曜日

[その他] 広島掃除に学ぶ会 伴中学校




10月1日(日曜日)は広島掃除に学ぶ会の活動で広島市立伴中学校のトイレ掃除の会に参加しました。

掃除に学ぶ会関係者15名、学校関係者45人、合計60人の参加がありました。

写真は開会式と、女子トイレを掃除する先生・生徒のみなさんです。

生徒さん全員が伴中学の5つの原則の1つ「無言清掃」を徹底しておられ、非常に気持ちのいい掃除の会でした。素晴らしい校風の中学です。









2017年9月29日金曜日

[惹句どんどん] 久保田万太郎(2)



同じく安藤鶴夫の『わが落語鑑賞』(ちくま文庫版)あとがきより。久保田万太郎の序文代わりの落語俳句集です。

「船徳」の「四萬六千日の暑さとはなりにけり」が渋いですね。


富久
かぞへ日となりたる火事に焼けにけり

★百川
ふく風やまつりのしめのはや張られ

船徳
四萬六千日の暑さとはなりにけり

笠碁
梅雨の笠あはれまぶかにかぶりけり

★干物箱
猫の恋猫の口真似したりけり

酢豆腐
打水のぬかるみをよけゝ来る

★お見立
墓腹の空に鳶舞ふ日永かな

厩火事
石蕗の花唐(から)にもありしためしかな

素人鰻
夏の夜の性根を酒にのまれけり

★愛宕山
はる風をきり土器(かはらけ)のとびにけり

寝床
明易やらちくちもなく眠りこけ


昭和27年の創元社版。前作に百川・干物箱・お見立・愛宕山を加えて全部で14編。
久保田万太郎はこの版にも序文の代わりに俳句を寄せ、同じ落語に前作とは別の俳句を添えた(全部ではないようです)。




2017年9月28日木曜日

[惹句どんどん] 久保田万太郎(1)



昭和24年刊『落語鑑賞』(安藤鶴夫著)に序文の代わりとして久保田万太郎が寄せた俳句。10編の古典落語の聞き書き。時々読み返してます。万太郎の俳句はあとがきに掲載されてます。


「酢豆腐」の「たゝむかとおもへばひらく扇かな」はまさに落語通りですね。


鰻の幇間
横町のうなぎや日のさかりかな

明烏
大門といふ番所ありほととぎす

酢豆腐
たゝむかとおもへばひらく扇かな

素人うなぎ
夏の夜の酒にのまるゝ性根かな

寝床
短夜やらちくちもなく眠りこけ

(注)らちくち【埒口】「―もない」(めちゃくちゃだ)

船徳
漕ぎいでゝいよいよつよき南風(みなみ)かな

厠火事
短日の夫婦のでるのひくのかな


笠碁
ばかにならぬしぐれの降りとなりにけり

富久
火事見舞あとからあとゝふえにけり

心眼
短日や大提灯の朱ヶのいろ



画像は明治の「銀座カリー」のサイトからお借りしました。「銀座紳士録」より。
https://www.meiji.co.jp/foods/curry/ginza/shinshi/kubotamantaro.html

2017年9月24日日曜日

[その他] 映画『ファウンダー(創業者)ハンバーガー帝国のヒミツ』



9月23日(土曜日)、八丁堀の八丁座で映画『ファウンダー ハンバーガー帝国のヒミツ』を観ました。

世界で約3万5千店以上を展開する世界的規模のFFチェーン(店舗数の一位はサブウエイ)、もともとは1940年、カリフォルニア州サンバーナディノでマクドナルド兄弟が始めたのがオリジナルで、映画ではFC化して巨大チェーン化したレイ・クロックが「創業者」として描かれています。

全編ほとんど有色人種が登場しない古きよき時代のアメリカ白人社会にあって、強烈な上昇志向を持って一代で世界的なチェーンを構築した主人公をいまさら描く映画とうい点で興味深かったです。

もともとはミルクシェイク・ミキサーのセールスマンだった地方出張中のクロックが、モーテルで自己啓発書の朗読レコードを聞くシーンが登場しますが、ノーマン・ビンセント・ピールのベストセラー『積極的考え方の力』だそうで、トランプ米大統領が唯一の「師匠」として仰いでいる人物だそうです。

映画内で興味深かったのは、ほとんど知られていなかった真の創業者マクドナルド兄弟のサクセス・ストーリーです。

またFC化を渋る兄弟にレイ・クロックが説得材料に使った、アメリカの全土に協会と法廷以外のシンボル(ゴールデン・アーチ)を広げようというエピソード(創作かも)が面白かったです。実際にそうなったし。

白人社会へのノスタルジーあふれる1950年代を描いた本作。トランプ大統領誕生の思想的背景を理解できるかも知れません。

ちょっと他の知識メモ。

ビッグ・マック指数
マクドナルドのビッグマックの価格は、ビッグマック指数と呼ばれ、通貨間の購買力平均価格の比較手段として使われた。この指標の考案者はイギリスの経済雑誌『エコノミスト』誌(The Economist)である。マクドナルドの標準化は、同時に生活様式や経済活動のグローバリゼーションを意味した。

マクドナルドを食べる国同士の戦争はない?
トーマス・フリードマンは自著の『レクサスとオリーブの木』の中で、“黄金のM型アーチ理論”として「マクドナルドのある国同士は戦争を行わないだろう」と予言したが、1999年にアメリカ合衆国のセルビア爆撃によって破られている。

以上はウィキペディア。

デイヴィッド・アルバースタムの著書『ザ・フィスティーズ』にはマクドナルドの他にもアメリカン・ウェイ・オブ・ライフを作ったとされる住宅の紹介もあり、ちくま文庫版には映画評論家の町山智浩さんが解説を書いてます。(当然この映画評も的を得たものになります)。

以上だらだらと書きましたが、映画そのものは題材が強烈で面白かったのと、1950年代をセットでよく表現したのは認めるものの、レイ・クロック自身の掘り下げが不十分で魅力をそがれました。残念。

2017年9月17日日曜日

[あの頃のレコード] Bob Dylan and The Band "The Basement Tapes"(1975) (1)


"The Basement Tapes"(1975)

ボブ・ディランさんは偉大すぎて他に語る方も多いと思われます。当方はザ・バンドに限って本作品を聴くことが多いです。高校時代はマイナーすぎて当然買ってません。


録音は1967年6月から9月。一部の曲は1975年3月に録音。正規でのレコード発売を予定していなかったので先に海賊版が出回り後に正規版が発売されました。

1966年7月にオートバイ事故を起こして、ニューヨーク州のウッドストックで静養していたボブ・ディランのもとに、当時バックバンドをしていた、のちにザ・バンドとなるメンバーが集結し、ピンク色の外壁の大きな借家(ビッグ・ピンクと呼ばれた)の地下室で延々と繰り広げられたセッションまたは練習曲をテープレコーダーで録音したもの。正規版はトラディショナルな曲から新曲までの膨大な音源(100曲を超える)から24曲を収録。

そのうちの8曲がザ・バンド単独での演奏です。すべてがビッグ・ピンクの地下室で録音されたものでないのは確からしく、明らかなオーヴァーダビングもあるようですが、バンド名が決まってなかったボブ・ディランのバックバンドから、70年代のロック史を語るうえで欠かせないバンドに成長したザ・バンドのレコード・デビュー前の音源を聴くことができます。

印象的なジャケット写真はモダンジャズの名門ブルーノートのデザインの多くを手掛けたリード・マイルス。

バンドのオリジナル・メンバーをあらためて紹介します。

リヴォン・ヘルム (Levon Helm, 1940年5月26日 - 2012年4月19日)
ジェイミー・ロイヤル・"ロビー"・ロバートソン(Jaime Royal "Robbie" Robertson, OC、1943年7月5日- )
リック・ダンコ(Rick Danko、1942年12月29日 - 1999年12月10日)
リチャード・マニュエル(Richard Manuel、1943年4月3日 - 1986年3月4日)
ガース・ハドソン(GARTH HUDSON、1937年8月2日 - )

"The Basement Tapes"の録音当時、メンバー全員は20歳代ですが、1958年からアメリカのロカビリー歌手、ロニー・ホーキンスのバック・バンドとして、1965年からはボブ・ディランのバック・バンドとしてツアーに参加し、10年近いキャリアがありました。

8曲の音源を聴いてみると、すでにバンドとしてのまとまりは十分ですが、さらに高いレベルに到達するために、ディランの静養期間が同時にザ・バンドとしてのデビューへの最後の熟成期間となったようです。

8曲あるので、4曲ずつ2回に分けて紹介します。

Side 1-2."Orange Juice Blues (Blues for Breakfast)" Richard Manuel 3:39
Side 1-4."Yazoo Street Scandal" Robbie Robertson 3:29
Side 1-6."Katie's Been Gone" Manuel, Robertson 2:46
Side 2-2."Bessie Smith" Rick Danko, Robertson 4:18


Side 1-2."Orange Juice Blues (Blues for Breakfast)" Richard Manuel 3:39
R&Bの軽快な曲です。サックスなどが1975年にオーバー・ダビングされたそうで、音源として完成しすぎの感じがして、デビュー前の「地下室」での録音からはほど遠い感じです。ザ・バンドが演奏する曲というより、前身のホークス時代を髣髴とさせる曲です。リチャード・マニュエルのボーカル、ダビングとはいえガース・ハドソンのサックスも魅力的です。

Side 1-4."Yazoo Street Scandal" Robbie Robertson 3:29
"Yazoo Street"はリヴォン・ヘルムの出身地アーカンサス州に実在する通りで、カナダ出身のロビー・ロバートソンがおそらくは想像上のアメリカ南部のざらっとした風合いの通りを歌にしたものと思われます。最初のボーカルはロビー・ロバートソンだったそうですが、曲調に合わず、リヴォン・ヘルムで再録音したそうです。

Side 1-6."Katie's Been Gone" Manuel, Robertson 2:46
イントロなしの出だしから歌唱・演奏ともザ・バンドの音です。途中の転調も効果的です。リチャード・マニュエルとロビー・ロバートソンの初期の競作曲だそうです。ザ・バンドとしての音の完成度は、想像ですがSide 1から録音の順番の月が下がっていった感じがします。

Side 2-2."Bessie Smith" Rick Danko, Robertson 4:18
女性ブルース歌手、ベッシー・スミスへの賛歌。最近ではノラ・ジョーンズが魅力的なカバーをしてます。この曲も歌唱・演奏ともザ・バンドとして完成の域ですね。

この"The Basement Tapes"とデビュー・アルバムの"Music from Big Pink"のバンドとしての完成度の違いはなんなのかが興味深いところです。これはまた後日考察します。

※曲目のデータは"List of Basement Tapes songs (1975)"(Wikipedia)を参照しました。

2017年9月16日土曜日

[惹句どんどん] unknown "I don' need Google, my wife knows everything."



ユーモアとしていろんなサイトで

マグに印刷したりTシャツにしたり、というのを見かけます。



2017年9月10日日曜日

[自分史のレッスン] 2017年9月 次女・聖子の結婚

[自分史のレッスン] 2017年9月 次女・聖子の結婚




9月10日(日)は次女・聖子の結婚式でした。

こじんまりとしたシンプルなよい結婚式となりました。

余興で長女のピアノ、私のギターと歌で、中島みゆきさんの結婚式の定番『糸』を演奏しました。

「逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます」

人の人生を「糸」の出会いに喩えて、最後に「幸せ」でなく「仕合わせ」の字を宛てています。

もともとは縫製で横糸と経糸の選別を「仕合わせ」と呼ぶらしく、この「仕合わせ」には良きも悪きもあるので、

糸(人)と糸(人)が出会い、力を合わせて「仕合わせ」を「幸せ」にするべく、

同じ糸へんであるところの「縁」と「絆」を大事に人生を築こう、という壮大な歌詞のようです。


中島みゆき 作詞・作曲
1998年2月4日発売

『糸』

なぜ めぐり逢うのかを
私たちは なにも知らない
いつ めぐり逢うのかを
私たちは いつも知らない

どこにいたの 生きてきたの
遠い空の下 ふたつの物語

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かを
暖めうるかもしれない

なぜ 生きてゆくのかを
迷った日の跡の ささくれ
夢追いかけ走って
ころんだ日の跡の ささくれ

こんな糸が なんになるの
心許なくて ふるえてた風の中

縦の糸はあなた 横の糸は私
織りなす布は いつか誰かの
傷をかばうかもしれない

縦の糸はあなた 横の糸は私
逢うべき糸に 出逢えることを
人は 仕合わせと呼びます


あがってしまって歌はなんとかなりましたが、ギターのほうが殆ど弾けてません。

これで娘2人が片付き、自分の人生も自分史ではなく、もう他人史になってますね。

2017年9月9日土曜日

[あの頃のレコード] いしだあゆみ『アワー・コネクション』(1977年)



いしだあゆみ(1948年生まれ)とティン・パン・アレイが組んだ1977年の作品。アナログ盤で再発されたので聴いてみました。

1977年当時はまったく記憶にありません。初めて聴きました。ティン・パン・アレイの作品としては以前、雪村いづみの『スーパージェネレーション』を紹介しました。
同時期の荒井(松任谷)由美のプロデュースと並んで良質の作品ではりますが、雪村いづみの歌唱力、荒井由実の存在感と比べるといしだあゆみの線が細く、大きなヒットには結びつかなかったのでしょう。

アルバム・タイトルの"Our Connection"は想像ですが歌謡曲側とロック側がいしだあゆみを通じて作品となったという意味かもしれません。

プロデュースはグループ・サウンズの作詞を多く手掛けた作詞家の橋本淳(1939年生まれ)。東京生まれで青山学院大学卒。筒美京平(1940年生まれ)とは同窓です。このコンビでの作品は500曲以上を数え、最大のヒットがいしだあゆみ(1948年生まれ)の『ブルー・ライト・ヨコハマ』(1968年)です。細野晴臣(1947年生まれ)も東京生まれで立教大学卒業。

全12曲のうち作詞はすべて橋本淳。歌謡曲からポップス寄りの6曲を萩田光雄(1946年生まれ、慶応大学卒業、1975年『シクラメンのかほり』レコード大賞編曲賞)が担当し、この頃ワールドミュージックに凝っていた細野晴臣が6曲を担当してます。
ティン・パン・アレイ(細野晴臣、林立夫、鈴木茂)をバックに据え、佐藤博、矢野顕子、羽田健太郎、コーラスには山下達郎、吉田美奈子が参加。

東京育ちの音楽好きの連中が上京して都会で一人暮らしをしている成熟した女性の暮らしを切り取って、聴き手も歌い手が揃った、この時代でしか成立しない世界を確立してます。

青山あたりで 遊ぶには
私の心は カントリー・ガール
話し相手さえ いないから
椅子に身を寄せて 沈んでいるわ

『ダンシング』(橋本淳・作詞、細野晴臣・作曲・萩田光雄・編曲)のこの数行がこのアルバムのコンセプトでしょうね。

1977年の紅白出場曲にして佳曲『港・坂道・異人館』(喜多条忠・作詞、大野克美・作曲)を境に女優業にシフトしたいしだあゆみの歌手としての最後のきらめきともいえるかも知れません。


2017年9月5日火曜日

[同窓会] 広島市立まんが図書館開館20年 烏田順子館長に聞く 

9月4日(月)付朝日新聞広島版記事より。

28期の烏田順子さんが館長をされてます。

図書館の館長という職業にはあこがれますね。

2017年9月3日日曜日

[新聞記事] "Struggling Americans Once Sought Greener Paastures - Now They're Stuck"


"Struggling Americans Once Sought Greener Paastures - Now They're Stuck"
「今は昔の新天地移住、苦しくてもじっとしているアメリカ人」

9月3日(日)付朝日新聞別冊Globe連載記事「見出しを読み解く」から。

西部開拓史ではないが、かつてアメリカ国内にあった労働者の流動性が失われつつあるという記事です。


struggle:(名)努力、(動)奮闘する
sought:>seek(動)探す、得ようと努める
pasture:(名)牧場、牧草

Greener Pasturesを「新天地」と訳してますね。

記事によると流動性がなくなった理由は3つ。

(1)大都市の住宅費の高騰
(2)州ごとに免許が異なる職業が増えていること(バーテンダー・花屋は州ごとに免許が必要な場合がある)
(3)現在の公的支援、地縁・血縁の支援を捨てられない

だそうです。

トランプ大統領誕生の背景にはこんな理由もあるのでしょうか。