いしだあゆみ(1948年生まれ)とティン・パン・アレイが組んだ1977年の作品。アナログ盤で再発されたので聴いてみました。
1977年当時はまったく記憶にありません。初めて聴きました。ティン・パン・アレイの作品としては以前、雪村いづみの『スーパージェネレーション』を紹介しました。
同時期の荒井(松任谷)由美のプロデュースと並んで良質の作品ではりますが、雪村いづみの歌唱力、荒井由実の存在感と比べるといしだあゆみの線が細く、大きなヒットには結びつかなかったのでしょう。
アルバム・タイトルの"Our Connection"は想像ですが歌謡曲側とロック側がいしだあゆみを通じて作品となったという意味かもしれません。
プロデュースはグループ・サウンズの作詞を多く手掛けた作詞家の橋本淳(1939年生まれ)。東京生まれで青山学院大学卒。筒美京平(1940年生まれ)とは同窓です。このコンビでの作品は500曲以上を数え、最大のヒットがいしだあゆみ(1948年生まれ)の『ブルー・ライト・ヨコハマ』(1968年)です。細野晴臣(1947年生まれ)も東京生まれで立教大学卒業。
全12曲のうち作詞はすべて橋本淳。歌謡曲からポップス寄りの6曲を萩田光雄(1946年生まれ、慶応大学卒業、1975年『シクラメンのかほり』レコード大賞編曲賞)が担当し、この頃ワールドミュージックに凝っていた細野晴臣が6曲を担当してます。
ティン・パン・アレイ(細野晴臣、林立夫、鈴木茂)をバックに据え、佐藤博、矢野顕子、羽田健太郎、コーラスには山下達郎、吉田美奈子が参加。
東京育ちの音楽好きの連中が上京して都会で一人暮らしをしている成熟した女性の暮らしを切り取って、聴き手も歌い手が揃った、この時代でしか成立しない世界を確立してます。
青山あたりで 遊ぶには
私の心は カントリー・ガール
話し相手さえ いないから
椅子に身を寄せて 沈んでいるわ
『ダンシング』(橋本淳・作詞、細野晴臣・作曲・萩田光雄・編曲)のこの数行がこのアルバムのコンセプトでしょうね。
1977年の紅白出場曲にして佳曲『港・坂道・異人館』(喜多条忠・作詞、大野克美・作曲)を境に女優業にシフトしたいしだあゆみの歌手としての最後のきらめきともいえるかも知れません。
