2020年2月10日月曜日

[その他] ヴァレンタインのチョコ(ちょっと気が早いが)


ハーシーと包装したチョコは下の娘から、
薔薇の花のような(せっけん)は実母から


当方は娘が二人、配偶者、実母が比較的近所に住んでいるので、義理チョコでありましょうが、毎年ヴァレンタイン・デーにはチョコをもらえます。

ハーシーのチョコが好きなので、下の娘からは毎年ハーシーのチョコがもらえます。

果報者です。

もし本当にほしいチョコを頂けるとしたら、子供の頃食べた、チューブに入ったチョコ(フルタとか森永とか)がもう一度食べてみたいです。

(ラミネート・チューブがなくて金属のチューブに入っていました)。

2020年2月9日日曜日

[積読立読斜読] 『半七捕物帳 江戸探偵怪異譚』(岡本綺堂著、宮部みゆき選、新潮文庫、2019)



時間待ちで読めそうな文庫本を。

半七捕物帳が宮部みゆきさん選で新潮文庫から出ていたので手に取りました。過去に何回も半七は読んでますが、毎回筋を忘れるので新鮮な気持ちで読書できます。


<私と半七捕物帳との出会い>
英文学者の渡辺昇一さんがベストセラーとなった講談社現代新書の『知的生活の方法』(1976年)で推薦されていて学者が通俗小説を自分の古典と憚らな態度に知的な正直さを感じました。

自分が読んだのは1977年の旺文社文庫版(全6冊)です。詳細な解説を養子の岡本経一さん(出版社・青蛙房経営)が書かれておりまして、最終巻の68編(69編という説もあり)の一覧表が作品理解に役立ちます。

ミステリー作家の宮部みゆきさんによる文庫版の選集は二度目です。2009年に北村薫さんとの協働で23編を二冊に分け(『読んで、「半七」!」』、『もっと、「半七」!』出版されました。私はこの2冊も読んでます。

今回の新潮文庫nex版は特に若い読者向けに編まれたそうです。あまり駄作のない半七だそうですので傑作選が悪かろうはずはなく、スラスラ読了。

さすがに初出が1917年であり、舞台も江戸時代なので、時代物に興味がない読者はつらいかも知れません。この新潮文庫版も作品の地名、劇名などの解説が一切なく、若い人は読めないと思いますね。残念。

私も「津の国屋」編だけで辞書を引いたのが下記の項目あります。


さなきだに:そうでなくてさえ。

門並:家ごと、毎戸、家の並び

老少不定:老人と子供、不確かなこと、定めなき事

P205
そりゃあ老少不定で寿命ずくなら仕方もねえわけだが、

売僧:まいす、悪徳の僧

出入り場:愛顧を受けて足しげく出入りする家。得意先。

草市:旧暦7月12日夜から13日朝にかけて、盂蘭盆に備える草花や種々の品を売る市。盆市。

菩提寺:一家が代々帰依して葬式・追善供養などを営む寺。檀那寺。

棚経(たなぎょう):盂蘭盆会に精霊棚の前で僧が経を読むこと。

迎え火:盂蘭盆の初日の夕方に、祖先の精霊を迎えるために焚く火。門前で麻幹(おがら)を焚くのが普通。

足駄(あしだ):歯・鼻緒のある板製履物の総称。

出代り時:女中・下僕などが、雇用期間を終えて交替すること。また、その交替期日。

桂庵:縁談・奉公などの紹介者。口入れ屋。

目見得(めみえ):奉公人が、その家にまず試みに使われること。

P227
三日の目見栄もとどころりなく済んで、

覿面(てきめん):覿(てき)はまみえるの意。

内福:うわべにはさほどに見えなくて、内実は裕福なこと。

獏連:世間ずれして悪賢い様。女性につかう。

矢場女:矢場に雇われて客の相手をする女(売春婦)。


将来仕事もしなくなって暇になったら全編をまた読んでみたいですね。半七捕物帳の事典も刊行され、江戸時代の古い地図と合わせたガイドブックも刊行されているので、それらを参照にしながら、じっくりと読んでみたい作品ではあります。

(表紙のイラストは10頭身の岡っ引きです?)


<内容紹介>
彼は江戸時代における隠れたシャアロック・ホームズであった――。雪達磨の中から発見された死体。通行人を無差別に殺し続ける“槍突き”。江戸の難事件に立ち向かうは、神田三河町に居を構える岡っ引・半七。殺人、怪異、怪談。彼の推理はすべての不可思議に真実の光を当てる。今なお古びない捕物帳の嚆矢にして、和製探偵小説の幕開け。全六十九編の中から宮部みゆきが選んだ傑作集。


<収録作品>(宮部みゆきさんによる一行案内)
雪達磨
雪だるまの中に遺体が!冒頭に半七の縄張りについての説明あり。

お文の魂
事件ものの余韻に実話怪談テイストが漂う。シリーズの振り出しとしても必須。

山祝いの夜
箱根という著名な旅籠町が舞台の旅情サスペンス。

筆屋の娘
若い娘の淡い色香が漂う。現代でもありそうで怖い事件。

勘平の死
素人芝居の楽しさと凄惨な事件の取り合わせ。

槍突き
無差別殺人の心理。

少年少女の死
水出しという子供の玩具が鍵となる事件。(二幕もの)。

津の国屋
怪異譚と思わせて実はリアルな事件もの。半七ワールドの粋がここに。



<著者プロフィール>
岡本綺堂 オカモト・キドウ
(1872-1939)東京生れ。元御家人の英国公使館書記を父として生まれる。新聞記者として働きながら戯曲の執筆を始め、1911(明治44)年、『修禅寺物語』が出世作となる。他に『鳥辺山心中』『番町皿屋敷』など、生涯に196篇の戯曲を残す。コナン・ドイル「シャーロック・ホームズ」シリーズに着想を得て執筆を開始した「半七捕物帳」は、後の「捕物帳」の嚆矢となり、多くの作家に影響を与えた。


<選者プロフィール>
宮部みゆき ミヤベ・ミユキ
1960(昭和35)年、東京生れ。1987年「我らが隣人の犯罪」でオール讀物推理小説新人賞を受賞。1989(平成元)年『魔術はささやく』で日本推理サスペンス大賞を受賞。1992年『龍は眠る』で日本推理作家協会賞、『本所深川ふしぎ草紙』で吉川英治文学新人賞を受賞。1993年『火車』で山本周五郎賞を受賞。1997年『蒲生邸事件』で日本SF大賞を受賞。1999年には『理由』で直木賞を受賞。2001年『模倣犯』で毎日出版文化賞特別賞、2002年には司馬遼太郎賞、芸術選奨文部科学大臣賞(文学部門)を受賞。2007年『名もなき毒』で吉川英治文学賞を受賞した。他の作品に『ソロモンの偽証』『英雄の書』『悲嘆の門』『小暮写眞館』『荒神』『この世の春』などがある。

新潮文庫のサイトより

[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)より ジェフリー・ディヴァ― Jeffery Deaver




作者:ジェフリー・ディヴァ― Jeffery Deaver
ホッパーの絵:Hotel by a railload, 1952
原題:The incident of 10 november
日本語タイトル:11月10日に発生した事件につきまして


著者は1950年シカゴ生まれ。ミステリー・犯罪小説の作家で世界的なベストセラー作家です。映画『ボーン・コレクター』の原作者。

この作品は技ありの一編です。ホッパーの絵が一種の暗号として使われ、冷戦下のソビエトから核兵器開発に関係する物理学者の亡命事件を描いています。

P184
エドワード・ホッパーの絵葉書こそ、もっとも重要な意味を持つ一枚だったのです。
この油絵は『線路沿いのホテル』と題された作品で、二人の人物が描かれています。薔薇色のワンピース姿で本を読んでいる中年の女と、上着も帽子も着けずに窓の外を眺めている男です(駅で問題の男女に見覚えがあると思った理由はこれです。その少し前に、ホッパーの絵画を印刷した絵葉書を目にしていたのです)。
この絵は、東ベルリンで脱出作戦を実行する工作員を見分ける手がかりを同志ディーターに伝えていました―二人はホッパーの絵にあるとおりの服装、同じポーズで待っていると。

作品は全編、冷戦下にある1954年、モスクワへ送られてたある諜報部員の陳情書の体裁をとっています。複数の絵葉書によって亡命の作戦を打合せするという趣向でした。

おそらく処刑は免れない諜報部員の切々たる陳情書が続くので、どうなるのかは心配ですが、暗号代わりにホッパーの絵が使われるという意外な設定で感心しました。



[その他] 10日と25日は "Punk in " (パン食い)の日 広島三越ポール




2月8日(土曜日)、他に用もあったので10日には早いですが「パン食い」の日。

広島三越開催中のバレンタイン・フェアに「ポール」が出店していたので買ってみました。バレンタインのチョコがらみのパンです。チラシに出ていたパンは売り切れでした。

5点で1657円と高価格設定でした。

ポールはフランスのベーカリーのチェーン店ですが、日本では敷島製パンが展開していて全国に22店あります(広島にはありません)。

今回のフェアでは別場所で製造したものを運び込んでおられるようです。

久しぶりにデパートに行きましたが、結構な人でびっくりました。



[その他] a day in the life 2月8日(土曜日)

a day in the life


2月8日(土曜日)余命いくばくもない老人ですが、本日は結構用事あり。

また配偶者が帰省したため夜も一人なので外食しました。


8:00    賃貸物件の清掃
10:00 大規模修繕工事の打合せ
11:00   ホームセンターで買い物
12:00   勤務先へ配達
12:30   散髪(順番待ち30分、散髪5分)
16:00   広島三越へ開催中のバレンタイン・フェアに行く
17:00   丸善ジュンク堂(本屋)
19:00   ライブハウス、JIVEでギター教室の先生のライブ鑑賞
21:30 並木通り 餃子屋・龍でギョーザを食べる



中央通りがウェイティングだったので並木通り店に行きました
(店内にピザ窯があり前身はピザ屋さんですか?)



ギター教室の先生、ベースを習っている先生
+ドラムの3ピースのライブです。今回で20回目だそうです(6年ぐらいで)。
新曲を披露しないと練習しなくなる、というのも開催理由だそうです。

2020年2月8日土曜日

[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)より ゲイル・レヴィン




エドワード・ホッパーの絵から生まれた17の短編物語。本日は「牧師のコレクション」を読みました。

凝った構成でホッパー研究の第一人者でないと書けない作品でしょう。



日本語タイトル:「牧師のコレクション」
原題:The Preacher Collects"
ホッパーの絵:City Roofs, 1932
作者:Gail Levin

著者は1948年アトランタ生まれ。ニューヨーク市立大学教授、美術史家、エドワード・ホッパー研究の第一人者で、ホッパーに関する著作も多数あります。


ただし、この作品は禁じ手かも。

もとのホッパーの作品が単なるビルの屋上を描いたもので(それはそれはニューヨークらしい風景ではありますが)、一体これから物語をどう展開するのかといぶかったところ、
主人公に据えたバプテスト教会の牧師のコレクションの1枚というオチです。

英語の"collect"には「(ミサの)集祷(しゅうとう)文」の意味もあり、原題はダブル・ミーニングかもしれません。

ニューヨーク州のナイアックで教会の牧師になったサンボーン牧師は、近所に住む老齢の未婚女性と知り合います。弟が著名な画家で、実は弟がエドワード・ホッパーという趣向です。

作品ではエドワード・ホッパーは「故郷のナイアックにも姉にも、できるだけ関わりたくないようだった」という設定になっています(史実ではないと思いますが)。

この老女の屋根裏部屋から、ホッパーの初期の頃の作品が大量に見つかり、牧師は不正な手段でそれを手に入れます。

オークション市場で牧師と競合したホイットニー美術館が雇った若い美術史家として、作者が劇中劇で登場します。

牧師と美術館の館長の裏取引で若い美術史家は職を失い、牧師のコレクションが「盗品」だと主張していた彼女の声も闇に消えてしまいます。

2020年2月7日金曜日

[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 澤西祐典


延々と読んできましたペンギン版日本文学短編集、最後の一編澤西祐典さんの「砂糖で満ちてゆく」(2013年)を読んで読了です。

澤西さんはこの選集では最年少の作家。ご専門は芥川龍之介。芥川は大変な勉強家で英米の怪奇短編小説に相当数目を通していたのだそうで、2018年に芥川選の『芥川龍之介選 英米怪異・幻想譚』(岩波書店)出版の際、編者と訳者に名を連ねています。

この作家の作品を読んだのは初めてです。編者のカテゴリーでは「恐怖」という分類です。

「全身性糖化症」という体が糖に代わってしまって死んでしまう不治の病に侵された母親を看取る娘の話です。全身が「砂糖で満ちてゆく」「全身性糖化症」という病気を作り出した時点で勝負あったというところでしょうか。作家的想像力が動き出します。

この作家は(未読なので申し訳ありませんが)代表作の『フラミンゴの村』にしてからが、19世紀末ベルギーの片田舎で村中の女たちがフラミンゴに変身してしまう話とか、最近では、尾道銘菓(宮崎にも同様のお菓子あり)の「鯨羊羹」は鯨の皮を模して造られた羊羹ですが、その羊羹で実物大のクジラを作る夢想にとりつかれる(『すばる』(2019年6月号)、とか、突拍子もない設定から作品を作り上げていくのがお得意のようです。

「恐怖」のほうは残念ながら途中で結末が予想でき、あまり怖くはありませんでした。作者の意図とは違うかも知れませんが、死者への尊厳が足らない、死者に寄り添えない、親族に対して、生活を犠牲にして最後まで看取った末娘の復讐譚とみました。


著者プロフィール
澤西祐典(さわにし・ゆうてん)


1986年生まれ。京都大学大学院人間・環境学研究科博士後期課程修了。2011年『フラミンゴの村』(集英社)で、すばる文学賞受賞。その他、共著『文学2014』(日本文藝家協会編、講談社)、『小辞譚』(猿江商會)等がある。2015年秋より、別府大学文学部国際言語・文化学科講師。第二回べっぷフロマラソン完湯。第7037代別府八湯温泉道名人。

http://www.kankanbou.com/books/novel/0271furomarason
書肆侃侃房のサイトより

2020年2月6日木曜日

[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 星野智幸



延々と読んでまいりましたペンギン・ブックスの日本文学短編集。あと二編で読了です。

本日は星野智幸さんの「ピンク」を読みました。読んだのは、はじめての作家です。

選者のカテゴリーでは「戦後の日本」に編入されています。

姉の家に居候している七桜海(ナオミ)は姪の品紅(ピンク)を公園で遊ばせるのが日課です。ある年の夏日本を猛暑が襲い、理性を失った人々は踊りまわる宗教「つむじ踊り」に飲み込まれていきます。

作者には申し訳ないのですが、後半物語が破綻しているように思え、自分には苦手の作品でした。





<星野智幸プロフィール>
1965年アメリカ・ロサンゼルス市生まれ。1988年早稲田大学卒業。新聞社勤務後、メキシコに留学。1997年「最後の吐息」で文藝賞を受賞しデビュー。2000年『目覚めよと人魚は歌う』で三島由紀夫賞、2003年『ファンタジスタ』で野間文芸新人賞、2011年『俺俺』で大江健三郎賞、2015年『夜は終わらない』で読売文学賞を受賞。近著に『呪文』『未来の記憶は蘭のなかで作られる』『星野智幸コレクションI?VI』『のこった――もう、相撲ファンを引退しない』などがある。

新潮社のサイトより

[積読立読斜読] 『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』より 佐伯一麦





佐伯一麦さんの「日和山(ひよりやま)」(2012年)を読みました。カテゴリーでは「東日本大震災 2011」に編入されています。仙台在住の作家であり、直接大震災の被害に遭われています。

作品は文学というよりルポルタージュに近く、震災・津波の被害にあった自分の知人の語りと、私(作家)のモノローグという構成です。

東日本大震災自体がまだ生々しい記憶が人々にあり、この作品がルポとしては秀逸なものの、文学として長く残るかはわかりません。

P452
無くなってはじめて、そこに在ったことに気付かされることもある、と私は痛切に思った。
P460
日常が流されている、と私は思った。

題名の「日和山」は日本全国に80余箇所あると言われる、外海に面した港の近くにあり、標高が100m程度の山で、民間の気象観測に使われていたようです。

作品の途中で恐らくモデルとなった港町の近くに実在する標高6mの「日和山」を登場させます。人命に被害がなくとも「地震があったら津浪の用心」という石碑を彫った先人の意思が活かせなかった現代人を悔しがります。



<佐伯一麦(さえきかずみ)プロフィール>
1959(昭和34)年、宮城県仙台市生れ。仙台第一高校卒。雑誌記者、電気工など様々な職に就きながら、1984年「木を接ぐ」で「海燕」新人文学賞を受賞する。1990(平成2)年『ショート・サーキット』で野間文芸新人賞、1991年『ア・ルース・ボーイ』で三島賞、1997年『遠き山に日は落ちて』で木山捷平賞、2004年『鉄塔家族』で大佛賞、2007年『ノルゲ Norge』で野間文芸賞、2014年『還れぬ家』で毎日芸術賞、『渡良瀬』で伊藤整賞を、それぞれ受賞。他に『雛の棲家』『一輪』『木の一族』『石の肺』『ピロティ』『誰かがそれを』『麦主義者の小説論』『空にみずうみ』『光の闇』など著書多数。



日和見(ひよりみ)
日和は天気をさす。日和見は天気の状況をうかがうことであり,江戸時代には各地の港近くの小高い丘に日和見を行う場所があり,日和(ひより)山という地名が付せられている。十二支の方角石が置かれており,日和見の人がこの場所に立ち,風の向き,雲の動き,潮の速さなどをおしはかり,航海する船のコースをいろいろと検討したのである。日和見の名人といういい伝えも残っており,港の船頭や船問屋の主人がしばしば行ったとされている。代々世襲の家もあり,かつての日和見の重要性を示している。沿岸部の大きな港をもつ地域では,日和見役の役人も定められていた。航海だけでなく,陸地においても,農耕に影響を与える天候についての関心は古来よりある。日和申しといって,晴天を祈願する祭りがあり,形代(かたしろ)としての人形をまつった痕跡が,日和坊主とかてるてる坊主などの語に残っており,子どものまじないに変化している。日和見の語は,近代には,御都合主義やオポチュニズムの代名詞のようにも用いられるようになった。          宮田 登

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2020年2月5日水曜日

[惹句どんどん] スチャラダパーANI





(アナログの魅力は)

「終わりがあることが魅力」

[新聞記事] 日米安保改定はや60年 出口明治さんインタビュー



安保条約が改定されて60年。最初の30年は冷戦下。次の30年は米ソの対立がなくなり中国が台頭。さて次の30年の日本の国家戦略は?

知の巨人、立命館アジア太平洋大学学長の出口明治さんは、イデオロギーではなく国益を中心に考えて「(日米)同盟はぜひ維持を 中国とも仲良く、ビスマルク流(手練手管)で」と述べています。



2020年2月3日月曜日

[積読立読斜読] 『短編画廊』(ローレンス・ブロック編、ハーパーコリンズ・ジャパン、2019年)より ウォーレン・ムーア



エドワード・ホッパーの絵から生まれた短編集。本日はウォーレン・ムーアさんの「「夜のオフィスで」を読みました。

原題は"Office at night"、ホッパーの絵の題名は同じく"Office at night, 1940"です。


作者のウォーレン・ムーアさんの経歴が少し変わっていて、雑誌記者・音楽評論家・(売れない)バンドのドラマーなどを経て現在はカレッジの教授をされています。

マーガレットは、テネシー州グリーンズバーグの高校出身の田舎娘で、身長が6フィート近い、田舎では規格外のグラマーな女性に育ってしまいました。貞操な妻、優しい母になる自信がなく、田舎を出てニューヨークで働く決心をしますが両親は猛反対。

P300
しかし、母は、街に逃げたいなんて言い出すような子は、娼婦になるかイタリア人と結婚するかのどちらかだ、と決めつけた。

紆余曲折あり小さな不動産弁護士事務所の秘書の職を得る。ホッパーの絵のような状況ですが、作者はありきたりにこの絵の中の雇い主と田舎娘の関係として作品に落とさず、娘を頓死させます。

ホッパーの絵の中の彼女は幽霊になった彼女で、優しくしてくれた上司(書類の散らばりようから後釜の秘書の仕事が雑なようです)の事務所になつかしくて出没します。

この短編を読んでから改めて絵を見ると、顔が妙に青ざめているのがわかります。


P318
彼女は、何が待ち受けているのかも知らずにこの街にやってきた。それでもこの街は、彼女のことを受け入れてくれて、ほんの短いあいだだったけれど、この街の一部になれたような気にさせてくれた。グリーンズバーグにいたら絶対になれなかった自分になれた―彼女はペギー・デュポンになることができた。

なかなか成仏できない彼女です。

女性が何の偏見もなしに大都会で働き、男女の隔てがなくなるまでには、何万人ものマーガレットのような女性が必要だったのですが、それは別の話。



About Warren Moore III
Born in Nashville and raised in the burbs of Nashville and Cincinnati, Warren Moore is Professor of English at Newberry College in Newberry, SC. Along the way, he has been a journalist, tire salesman, stand-up comic, advertising copywriter, magazine editor, and drummer in a variety of unsuccessful bands. He finished tied for 105th in the 1979 National Spelling Bee.

Moore holds a Ph.D. in English from Ball State University, with a specialty in medieval literature, and has taught courses covering topics from the Seven Deadly Sins to film noir. BROKEN GLASS WALTZES, his first novel, was published in 2013, and he has published short stories in print and online venues since then. He also plays drums in a 60s-style garage band, and lives in Newberry with his wife and daughter.

https://www.amazon.com/Warren-Moore-III/e/B00C33U8IQ?ref_=dbs_p_ebk

[その他] 節分、恵方巻、豆まき(自宅)、豆まき(千田胡子神社)


当家と(隣家の長女宅)では年中行事をちゃんとやらないといけないという強迫観念があるのか、本日は節分のフルコース。


(1)恵方巻を食べる。

(2)干し魚を(干さないで)食べる。

(3)家の中で豆まきをする。

(4)19時からあった近所の千田胡子神社の豆まきに行く。


今年は娘婿さんが秋田出張でお土産に買ってきた「ナマハゲ」のマスコットが、新たに加わり、ご利益が増したかも知れません。

「恵方巻」の命名はセブンイレブン舟入店だそうで(wiki情報)、まんざら縁がないわけでもないのでしょうか?


節分  (せつぶん) 

雑節の一つで,立春の前日。現行暦では2月3日もしくは4日にあたる。大祁日,1月6日,1月14日とともに年越しの日とされ,これらとの混交もみられるが,現在の節分行事はほぼ全国的に,いり豆をまく追儺(ついな)の行事と門口にヤキカガシ(ヤイカガシ)を掲げる風習を行う点で共通している。社寺でも民間でも盛んに行われる豆まきの唱え言は土地によって各種あるが,〈鬼は外,福は内〉というのが一般で,訪れる邪鬼をはらおうとするものと解されている。豆で身体を撫でて捨てる風もあり,これは災厄の祓と考えられよう。ヤキカガシとは,焼いた陛の頭など臭気の強いものを豆の枝や鋭い葉をもつ柊(ひいらぎ)にさして家々の入口に掲げるもので,鬼の目突き,鬼おどしなどと呼ばれ,これも邪霊防御の手段とされている。また豆占いや,ヤキカガシを焼くときの虫の口封じの唱え言もかつては広く行われていた。以上のように節分には追儺の考えが濃いが,別にこの夜に神霊の訪れを認めて,本来ヤキカガシ掲示はそのための物忌(ものいみ)をしているしるしであり,豆は神への供え物とする解釈もある。⇒追儺
                        田中 宣一

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追儺  (ついな)

悪鬼を払い,疫癘(えきれい)を除いて,新年を迎える儀式。宮廷年中行事の一つ。大祁日の大祓(おおはらえ)についで行われた。大儺(たいな),鬼やらいともいう。古く中国に始まり,《周礼(しゆらい)》によれば方相氏(ほうそうし∥ほうしようし)と称する呪師が熊の皮をかぶり,四つの黄金の目玉のある面をつけ,黒衣に朱の裳(も)をつけ,手に戈(ほこ)と盾(たて)とをもって疫鬼を追い出した。日本へは文武天皇のころに伝わったという。《延喜式》によると,大舎人(おおとねり)寮の舎人が鬼の役をつとめ,大舎人長が方相氏になり,《周礼》の古制にならった扮装をした。大祁日の夜群臣が内裏(だいり)の中庭に立ち,亥(い)の刻に陰陽寮(おんみようりよう)が儺祭を行い,終わって方相氏が大声(儺声という)を発し,戈で盾を3度打つ。群臣はこれに呼応して桃の弓,葦の矢,桃の杖をもって鬼を追う。鬼は宣陽,承明,陰明,玄輝の四門を回り,滝口の戸から逃げ出すが,方相氏が先頭に立って追った。方相氏の扮装が異様なため,のちには方相氏が鬼で,群臣が追い出すのだと考えられた。宮廷行事としては中世に廃れたが,近世になり諸国の神社で節分に追儺祭が行われるようになった。
                        伊藤 唯真

[中国]  儺(だ),大儺とも呼ぶ。古代では季節ごとに行われたが,漢代以降12月中に1度行われ,唐・宋時代,除夜の行事となった。庶民の間でも行われたが,宮中の追儺はとくに盛大である。熊の皮を着た方相氏が,手に戈を執り盾をふりあげて,偉子(しんし)(善童の意。漢代120人)や十二神獣の助けを借りて悪鬼を追放した。このとき,方相氏は十二神獣とともに勇壮に舞い,悪鬼をおそれさせたという。唐代には方相氏は4人となり,儺儺(鬼やらいの声)を唱え,また朱髪の恐ろしい12人が麻のむちをふるって鋭い音をたて,口々に悪鬼を食う神の名を呼んだ。偉子も多数参加する。宋代ではいっそう遊戯化し,役人たちにさまざまな仮面と彩色の衣をつけさせ,槍や旗を持たせた。これ以後,しだいに廃れるが,清代の正月にはラマ教徒による打鬼が行われた。現在では,春節の爆竹などに,そのなごりをとどめるにすぎない。                     植木 久行

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