「思考の経路が英語ではそうなるから、
そうせざるを得ない」(p40)
[積読立読斜読] 『英語で日本語を考える』(片岡義理著、ちくま文庫、2024)その1
片岡義男さんの文庫新刊。オリジナルは2000年のフリースタイル『英語で日本語を考える』。
片岡義男さんには単文の「英語⇔日本語」解説類書が数冊あり、英文の日本語訳またはその逆の行為を通じて「日本語とは何か」「日本語の発想とはなにか」をかなり真摯に深堀されています。
以前なにかの記事で読んだのですすが、雑誌・新聞・広告・TV等から気になった英文を7×3のインデックスカード(ここらあたりがバタ臭い)に書き留め
ネタにしているそうです。片岡さんは父親が日系二世で家庭内は英語での会話だったそうで、おそらく脳内に日本語回路と英語回路が並列であり、自在に切り替えが可能なのだと思われます。
片岡さんによる英語⇔日本語の勉強の必要性です。
p9
そのような英語能力の習得(※大脇注、最終的には英文作成)に向けて勉強していくとき、すべての基本となるべき最重要なものは、日本語の能力だ。およそなにを理解するにしても、その理解は、自分の日本語能力によって培われた頭のなかで、なされるのだから。
英語らしい言いかたのなかで実現される、英語という言葉の機能のしかたを、自分の日本語能力と不可分なひとつのものとして、習得しなくてはいけない。
日本語ならではの言いかたと、英語でこその言いかたとのあいだにはる距離を、文の内部に全面的に引き受ける、おそらく終わることのない作業の積み重ねだけが、日本語能力のなかに英語能力を効果的に移植する。
解説「日本語と英語の往復運動で鍛える「言葉のセンス」」で杏林大学外国語学部教授(英語文体論)が述べられていますが「思考の経路が英語ではそうなるから、そうせざるを得ない」(p40)。英語⇔日本語での直訳はかなりの部分AIで可能になりましたが、コアの「発想経路」までは再現が難しく、ちなみに、まえがきの例の「日本まで葉書はいくらですか」をgoogle翻訳にかけると"How much does a postcard cost to Japan?"というかなり近い英訳が返ってきますが、"take to get into"という「はるばる」という感じの「発想」は出ないだろうということなのでしょう。
何回かに分けて、例文をすべて紹介します。
p5
「日本まで葉書はいくらですか」
What does a postcard take to get into Japan?
p24
「いまどんなお気持ちですか」(TVなどで)
How do you feel now?
What kind of thoughts go through your mind now?
(街頭で小走りに追いかけながらの"How do you feel now?")
p26
「そのへんはどうですか」
What can you tell us?
Can you shed any more light on that?
Is there anything you can add to that in your angle?
p28
「状況を説明してみてください」
Put me in perspective.
p30
「あなたはどちらの意見をお採りになりますか」
Which side do you come down on?
Where do you come down on all this?
p31
「こういう批判を、ご当人としてはどう受けとめますか」
How do you react to these charges?
To what extent do you think these charge are vaild?
p33
「~ということは考えられますか」(TVニュースのアンカーが取材者に対して)
Is it conceivable to you, Kataoka, that - ?
p35
「お知らせのあともニュースが続きます」
More news follows, So stay tuned.
I'll be back with more news right after this.
p36
「(いったい)どういうことなのでしょうか」
What do we have here?
Just what do we have here?
「いったい」≒just
p38
「~ということですか」
Is that the case?

