2020年6月25日木曜日

[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第85段 人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。

書き写し『徒然草』、継続中です。

85段を飛ばしてました。




徒然草(上)
第85段 人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず。

<原文>
 人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず*。されども、おのづから、正直の人、などかなからん*。己れすなほならねど、人の賢を見て羨むは、尋常なり。至りて愚かなる人は*、たまたま賢なる人を見て*、これを憎む。「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」と謗る*。己れが心に違へるによりてこの嘲りをなすにて知りぬ*、この人は、下愚の性移るべからず*、偽りて小利をも辞すべからず*、仮りにも賢を学ぶべからず*。

 狂人の真似とて大路を走らば、即ち狂人なり。悪人の真似とて人を殺さば、悪人なり。驥を学ぶは驥の類ひ*、舜を学ぶは舜の徒なり*。偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。


<用語解説>
人の心すなほならねば、偽りなきにしもあらず:人はこころがまっすぐで 純粋でないと、偽善が無いとは限らない。

おのづから、正直の人、などかなからん:「おのずから」は、稀にとか、万が一の意。よって、たまに、生まれつき正直な人が居るものだ。

至りて愚かなる人は:「至りて何々」は、極めて何々の意。ここでは、最上 ・至上の愚か者という意味。

たまたま賢なる人を見て:「たまたま」「賢」に係る。たまに居る賢人の意。

「大きなる利を得んがために、少しきの利を受けず、偽り飾りて名を立てんとす」と謗る:至って愚かな者の発言「大いに得をしようとして、小さい儲けには手を出さないだけの、 自分を偽り飾って有名になろうとしているだけだ」などと、「たまたま賢」なる人を見たときに謗<そし>る。

己れが心に違へるによりてこの嘲りをなすにて知りぬ:こういう者は、自分の心と賢なる人のそれとが違うことから、こういうあざけりを言うので、それゆえ次のようなことが分かられてしまう。

下愚の性移るべからず:「下愚 の性<かぐのせい>」は上智の性質の反対。こういう馬鹿はその性質を変えることはできない、の意。

偽りて小利をも辞すべからず:嘘を言ってでも小利を得ようと頑張る。

仮りにも賢を学ぶべからず:嘘にも、賢人を学ぼうなどとは思わない。

驥を学ぶは驥の類ひ:「驥<き>」は駿馬。一日千里を走るという。

舜を学ぶは舜の徒なり:「舜<しゅん>」は、中国の理想的な伝説の帝王であり、指導者の理想像。

<ポイント>
 「偽りても賢を学ばんを、賢といふべし。」これほどうれしい言葉があろうとは!!! これぞ、学びの原点であろう。