スローリーディング中の『米の日本史』(中公新書)。本日は第5章を読みました。
幕藩体制の崩壊と、米の流通機能の全国展開までに時間差があり慢性的な米不足になったという視点は新たな知見でした。
明治維新後、稲作・米は「富国強兵」の主役となった
明治時代中頃より、米の品種改良に国家のテコ入れが入る(主眼は多収)
国策により品質の統一、良質が求められる
国家による水田拡大事業が一世紀にわたり続いたが米不足もあり時に騒動になった
◆富国とは米を作ること
明治維新後は幕藩体制下の米流通が崩壊したため慢性的な米不足
江戸時代の大規模な新田開発は、石工・大工の技術の蓄積、数字(和算)を使う日本社会の文化度の高さが可能にした
秋田県八郎潟、岡山県児島湾、九州有明海
有機質の肥料は持続可能な農業の大前提
化学肥料は施用量と取れ高に正の相関がある
灌漑システムの整備を含む構造改善事業は、里地における「米と魚」のシステムを含む生態系を破壊した
P215
ポストハーベスト:収穫後の農産物の品質維持技術のこと
山形県酒田市の山居倉庫:冷蔵技術のない時代の工夫がある
国が国立の農業試験場を設置したのは1893年で、それまでは民間の力で品種改良がおこなわれていた
◆米への渇望
陸軍に入隊すれば白い米が食えるということで入隊した地方の男子がいた
貧民層にとっては白い米を腹いっぱい食べれるのは夢だった
日露戦争で白米ばかりの兵隊は脚気にかかって重篤になることもあった
1918年、富山県の米騒動
慢性的な米不足、シベリア出兵が決まり米の価格が高騰したことが原因
◆洋食の誕生と普及
「脱亜入欧」、「牛肉・牛乳」の普及
日本の「洋食」(すき焼き、とんかつ、カレー)文化を生んだ
