2023年7月3日月曜日

[その他] The Beatles "Yellow Submarine" (1968)


 退屈なので家からDVD持ってきてもらってノートPCのドライブを使って観ました。

1968年のビートルズのアニメ映画です。熱心なビートルズ・ファンでもなかなか本作までは観てないのでは。


当方は村上春樹さんの最新作『街とその不確かな壁』に「イエローサブマリン」が出てきたので、その関連でDVD購入したものの、長らく積読になっていたものです。


2023年4月23日日曜日

[積読立読斜読] 『街とその不確かな壁』(村上春樹著、新潮社、2023年)




『街とその不確かな壁』と「イエロー・サブマリン」の関係については、とても当方の手に負えませんので、

文芸評論家の藤井勉さんの推察をお借りまします。




 「イエロー・サブマリン」といえばビートルズが子供向けに書いた1966年発表のヒット曲で、後に同名のアニメーション映画の主題歌にもなる。この曲を収録したアルバム『リボルバー』は2022年10月にアウトテイク集を含むスペシャル・エディションが発売され、これまで公開されていなかった「イエロー・サブマリン」のデモ音源の存在がファンを驚かせた。初期のバージョンと思われる「Songwriting Work Tape / Part 1」はジョン・レノンによる弾き語りで、「No one care」というフレーズの繰り返し出てくるうら寂しい曲調である。ここにポール・マッカートニーの考えたサビが加わり、ドラムのリンゴ・スターがボーカルをとる陽気な曲に変化していったことが50年以上の時を経て明確となったのだ。


 「イエロー・サブマリン」のパーカーを着た少年は、このデモ音源に流れる雰囲気と似た環境に身を置いている。特殊な能力と近寄りがたい性格ゆえに町の人々に気味悪がられ、図書館以外に居場所はなかった。そんな彼が偶然にも、「壁に囲まれた街」の存在を知ることとなる。


 コーヒーショップの女性と今後どう付き合っていくべきか逡巡する〈私〉。そこで彼女との間に横たわる「壁」について考えたのがトリガーとなり、高い壁に囲まれた街に再び戻る第三部。そこになぜか、イエロー・サブマリンのパーカーを着た少年も姿を現す。しかもある方法で「夢

読み」の仕事に就き、〈私〉以上の適性を発揮する。船乗りに聞かせてもらった潜水艦での暮らしは、気楽で不満なんてひとつもないと歌うビートルズの「イエロー・サブマリン」。その歌詞が、本来いるべき世界にたどり着いた彼の気持ちを代弁しているようにも見えてくる。



 一方、少年の登場によって〈きみ〉と作りあげた理想の世界に違和感を覚えるようになった〈私〉は、同じような心境でいられなくなる。一度完成した世界に綻びを生むことで、同じモチーフの過去作とは異なる結末へと進んでいく本書。そのテーマにあたる曲として、街の静けさとは相容れない賑やかさの「イエロー・サブマリン」ほど、ふさわしい曲もない。


藤井勉

Follow on SNS

文芸・ノンフィクション・音楽を中心に書評を執筆。共著に『村上春樹を音楽で読み解く』(日本文芸社)、『村上春樹の100曲』 (立東舎)。


藤井勉の記事一覧はこちら

https://realsound.jp/book/2023/05/post-1323071_2.html 

[積読立読斜読] 夏目漱石『吾輩は猫である』第七・第八・第九

 [積読立読斜読] 夏目漱石『吾輩は猫である』



スローリーディング中の漱石『吾輩は猫である』、本日は「第七」「第八」「第九」を読了。入院中に読むに相応しいたわいのない小説です。


猫の視点から見た明治期の新興勤め人の風刺で、全体を通じた筋やテーマはなく、

「節」ごとに読めばよいそうです。


「第七」は猫の視点から見た人間の余暇の過ごし方への風刺。

明治期に始まった「運動」「趣味」「銭湯」について。


文体は落語の語りを借りたため100年以上たってもすらすら読めますが、

風俗小説なので当時の世俗がまったくわからわず、集英社版の小説全集でも解説と用語解説が半分近く〆ています。


p277

(魚は)病気をすれば、からだが利かなくなる。死ねば必ず浮く。それだから魚の往生をあがると云つて、

鳥の薨去(こうきよ)を、落ちると唱え、人間の寂滅をごねると號(ごう)して居る。


p278

昔は運動したものが折助(武家の家僕の総称)と笑われた如く、いまでは運動をせぬ者が下等と見做されている。


p282

七擒七縦孔明の軍略で攻めつける。

7たびはなして7たびつかまえる、三国志にある軍略


「第七」では静かな結末に歓心しました。


「道樂もいゝさ。桂月が勸めなくつても金さへあればやるかも知れない」

「なくつて仕合せだわ。今から道樂なんぞ始められちやあ大變ですよ」

「大變だと云ふならよしてやるから、其代りもう少し夫を大事にして、そうして晩に、もつと御馳走を食わせろ」

「これが精一杯の所ですよ」

「さうかしらん。夫ぢや道樂は追つて金が這入り次第やる事にして、今夜は是でやめよう」と飯茶碗を出す。

何でも茶漬を三ぜん食つた様だ。吾輩は其夜豚肉三片と鹽焼の頭を頂戴した。



「第八」

隣家の中学校生徒との騒動の顛末。金満家の金田の差し金であることが後に判明。

「第七」の銭湯と「第八」の中学校生徒との騒動は、のちの『坊ちゃん』のモチーフでしょうか。



「第九」

先生の顔のあばた、迷亭の静岡の伯父(鉄扇にちょんまげ)、寄付要請の手紙、瘋癲院からの手紙。

ととりとめもない。


瘋癲院・天道公平からの書簡の一部


p385

始めて海鼠を食ひ出せる人は其膽力に於て敬すべく、始めて河豚を喫せる漢(をとこ)は其勇氣に於て重んずべし。

海鼠を食へるものは親鸞の再來にして、河豚を喫せるものは日蓮の分身なり。


[惹句どんどん] 孟子

7月の読書会の課題書、『群衆心理』を読んで思い出した。



 自ら省みて縮(なお)くんば 
一千万人といえども我いかん




 自ら省みて縮(なお)くんば 一千万人といえども我いかん

投稿日 : 最終更新日時 : カテゴリー : 名言集

中国の古典『孟子』に出てくる言葉で、原文は


「自反而縮雖千万人吾往矣」


自分の心を振り返って自分が正しいと確信できれば、たとえ相手が千万人であっても、つまりどんな困難があっても立ち向かって行くという覚悟を示す言葉です。


経営には時に柔軟性が必要ですが、やはり理念とか信念に関わる部分はたとえ困難があっても曲げないという気持ちが大事なんですね。心したいと思います。

[積読立読斜読]『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ/秋田喜美 著、中公新書、2023年)


 [積読立読斜読]『言語の本質 ことばはどう生まれ、進化したか』(今井むつみ/秋田喜美 著、中公新書、2023年)

今井むつみさんの著作を以前読んだことがあり、オノマトペに注目して言語習得理論に応用しようという従来の学説になかった新視点が新鮮で手に取ってみました。


2021年1月10日日曜日

[積読立読斜読]  『英語独習法』(今井むつみ著、岩波新書、2020年12月) 


人間の赤ちゃんは、物事の一部分をアイコン的に写し取るオノマトペをもとに、アダプション推理という方法を使って語彙やその使い方の範囲を広げていくという仮説を立てる。オノマトペが他の言語と比べて非常に数が多い日本語母国語の学者らしい着眼点かもしれません。オノマトペが言語習得の過程で重要な意味があるのは感覚的に理解できますが、ロジカル・シンキングの一手法である「アダプション推論」は難解で理解不可能でした。


<目次>

第1章 オノマトペとは何か

第2章 アイコン性-形式と意味の類似性

第3章 オノマトペは言語か

第4章 子どもの言語習得Ⅰ オノマトペ篇

第5章 言語の進化

第6章 子どもの言語習得Ⅱ アダプション推論篇

第7章 ヒトと動物を分かつものー推論と思考バイアス

終章  言語の本質


<各章のまとめ>

第1章 オノマトペとは何か

言語学者はオノマトペを「感覚イメージを写し取る、特徴的な形式を持ち、新たに作り出せる語」と定義する

オノマトペは基本的に物事の一部分を「アイコン的」に写し取り、残りの部分を換喩的な連想で補う

(絵や絵文字と異なる点)


第2章 アイコン性-形式と意味の類似性

オノマトペは、その語形・音声や非言語行為のアイコン性を駆使して、感覚イメージを写し取ろうとすることば

オノマトペにおいては、アイコン性が高度に体系化されている


第3章 オノマトペは言語か

言語学で定説の「言語の10大原則」(@ホケット)をオノマトペが満たしているかの考察


①コミュニケーション機能

②意味性

③超越性

④継承性

⑤習得可能性

⑥生産性

⑦経済性

⑧離散性

⑨恣意性

⑩二重性


オノマトペはアイコン性と恣意性を体系的に兼ね備えているため、

恣意性と二重性に△がついている p89 表3-1 一般語・オノマトペ・非言語語の言語性比較

他の非言語(口笛・咳払い・音真似・泣き声)に比べて、言語的特徴を満たしている


第4章 子どもの言語習得Ⅰ オノマトペ篇

子どもの言語習得の過程は、単に単語の音とその単語が表す対象との対応づけを覚えることではない。

言語を成り立たせているさまざまな仕組みを自分で発見し、発見したことを使って自分で意味を作っていく方法を覚えさせることである

言語習得におけるオノマトペの役割は、子どもに言語の大局観を与えること



第5章 言語の進化

言語は完全に「恣意的な記号の体系」にはならない

一部の言葉には身体感覚と直接つながるアイコン性が宿り、「記号接地をするための最初の言葉」(@ハルナッド)となる

言語習得の過程「一次的アイコン性→恣意性→体系化→二次的アイコン性」というサイクルの中でオノマトペから離れる



第6章 子どもの言語習得Ⅱ アダプション推論篇

オノマトペのアイコン性を検知する知覚能力だけでは、言語の巨大な語彙システムに行きつけない

「ブートストラッピング」:今ある知識が新しい知識を生み、知識の体系が自己生成的に成長していくサイクルを想定する必要がある



第7章 ヒトと動物を分かつものー推論と思考バイアス

人間の言語習得にとってアダプション推論は自然な思考であり、生存に欠かせない武器である

アダプション推論:人間はあることを知ると、その知識を過剰に一般化する。ことばを覚えると、ごく自然に

換喩・隠喩を駆使して、意味を拡張する。ある現象を観察すると、そこからパターンを抽出し、未来を予測する。

それだけでなく、すでに起こったことに遡及し、因果の説明を求める。



終章  言語の本質

今井・秋田版「言語の大原則」(cf.第3章ホケットの「言語の大原則」)

①意味を伝えること

②変化すること

③選択的であること

④システムであること

⑤拡張的であること

⑥身体的であること

⑦均衡の上にたっていること




<オノマトペとは>https://www.weblio.jp/content/%E3%82%AA%E3%83%8E%E3%83%9E%E3%83%88%E3%83%9A

新語時事用語辞典より


オノマトペ

英語:onomatopoeia


「オノマトペ」とは、「わんわん」「ワクワク」などのように様々な状態や動きなどを音で表現した言葉のことを意味する表現。英語では「onomatopoeia」でありカタカナ語の「オノマトペ」はフランス語「onomatopée」に由来する。

オノマトペとは、オノマトペの意味

オノマトペとは、さまざまな状態や動きなどを音で表現した言葉のこと。主に自然界にある音や声など、現実に聞こえる音を人の言語で表現した言葉である。犬の鳴き声の「わんわん」など。その他には、「ワクワク」のように、実際には音は聞こえないが感覚的な表現としてのオノマトペがある。日本語は特にオノマトペが多く用いられる言語といわれている。



<内容紹介>出版社のサイトから

日常生活の必需品であり、知性や芸術の源である言語。なぜヒトはことばを持つのか? 

子どもはいかにしてことばを覚えるのか? 巨大システムの言語の起源とは?ヒトとAIや動物の違いは? 

言語の本質を問うことは、人間とは何かを考えることである。鍵は、オノマトペと、アブダクション(仮説形成)推論

という人間特有の学ぶ力だ。認知科学者と言語学者が力を合わせ、言語の誕生と進化の謎を紐解き、ヒトの根源に迫る。




<著者プロフィール>アマゾンより


著者について

今井むつみ

1989年慶應義塾大学大学院博士課程単位取得退学.94 年ノースウェスタン大学心理学部Ph.D.取得.

専門,認知科学,言語心理学,発達心理学.著書『ことばと思考』(岩波新書),『学びとは何か』(岩波新書),

『ことばの発達の謎を解く』(ちくまプリマー新書),『英語独習法』(岩波新書)など.

共著『言葉をおぼえるしくみ』(ちくま学芸文庫),『算数文章題が解けない子どもたち』(岩波書店)など.


秋田喜美

2009年神戸大学大学院文化学研究科修了.博士(学術)取得.大阪大学大学院言語文化研究科講師を経て,

名古屋大学大学院人文学研究科准教授.専門は認知・心理言語学.著書『オノマトペの認知科学』(新曜社).

共編著 Ideophones, Mimetics and Expressives(John Benjamins),『言語類型論』(開拓社)など.

2023年7月2日日曜日

[積読立読斜読] 100分de名著『群衆心理』(ル・ボン)

 [積読立読斜読] 100分de名著『群衆心理』(ル・ボン)



月に一度の読書会、7月の課題本『群衆心理』ですが、原本は学術書の上翻訳が古く、とても理解できません。

サブ・テキストとしてNHKテキストを購入しました。2021年9月の放送ですが、2022年11月に再放送がありました。

コロナのパンデミック、2021年のトランプ支持者によるアメリカ連邦会議議事堂襲撃事件、等を受けてインターネット環境

でのスマホのSNS影響力が暴走気味を受けての緊急放送のようです。


原著を読んだ際に思ったのですが、フランス革命の知識がないとこの『群衆心理』は理解できず、このテキストではp10に「フランス革命略年譜 絶対王政から近代市民社会へ」の

年表と、ル・ボンが生きた時代の年表、「ル・ボンが生きた時代の出来事」の年表があり、理解の一助になりました。


p8

群衆は、歴史上常に重要な役割を演じてきたが、この役割が今日ほど顕著なことはなかった。


ル・ボンの著書にある言葉です。産業革命の延長として市民革命があり、今日の国民国家のシステムである「自由主義資本経済」「議会制民主主義」が確立する過程で、

「人民≒群衆」が前面に出てきたのは歴史的必然であり、時代背景と、メディアの役割、が加わり「群衆心理」の結果として政治体制の変革が起こる、というのが大きな流れでしょう。


「群衆心理」という言葉は独り歩きのきらいがあり、局地的な流言飛語と、総選挙の結果を一律に括るのは無理があろうかと思います。


テキストでは『群衆心理』を読み政策に生かした政治家としてヒトラーとローズベルトが挙げらていました。


アメリカの大統領選挙はメディアと大きく関係し、ローズベルトの「ラジオ」、ケネディの「テレビ」、オバマとトランプの「インターネット」が代表的です。

オバマとトランプの結果の違いは「PC」か「スマホ」の違いというのが私の見立てです。


「群衆心理」の働きは悪い場合もあり、良い場合のある、というのはル・ボンの至極まっとうな結論です。


選挙に限って言えば、「熟考して行動する」必要があろうかと思います。SNS全盛の今日ル・ボンの警鐘を活かす必要があります。




『「みんなの意見」は案外正しい』(ジェームズ・スロウィッキー著)、アメリカ在住のコラムニストで原題は「The Wisdom of Crowds」。

衆愚政治に陥らないためには、有権者に4つの前提条件が必要とのこと。よき群衆心理のためにも自戒の念としてメモしときます。


・意見の多様性(各人が独自の私的情報を多少なりとも持っている)

・独立性(他者の意見に左右されない)

・分散性(それぞれが得意な分野、身近な分野に特化し、判断する)

・集約性(個々の意見をひとつに集約する仕組みの存在)

[積読立読斜読] 『群集心理』(ギュスターブ・ル・ボン著、櫻井成夫訳、講談社学術文庫、1993年)

 [積読立読斜読] 『群集心理』(ギュスターブ・ル・ボン著、櫻井成夫訳、講談社学術文庫、1993年)



月に一度の読書会、7月の課題書。


フランス語オリジナル版は1895年刊行。講談社学術文庫版のオリジナルは昭和21年岡倉書房、昭和27年創元文庫で改訳。もともとが学術書で、フランス革命の時代背景も基礎知識として必要で、

一般読書人の読書会の課題書としてはハードルが高すぎました。当方はNHKテキストの100分de名著版で併読しました。


講談社学術文庫版の解説にあるように『群集心理』を「群衆とはどういう状況であるか」という研究としてみるか、「集団心と訳されてしまうような特別な心がある」という理論として

受け取るかによって業績の位置づけが違ってくるとあり、今日ではル・ボンの名前は「群集心理」というラベルで知られており、「群集心理」という言葉が独り歩きしている。



あとがきより

芝浦工業大学教授・穐山貞登


p295

「群衆中の個人は正常の自分と異なる」

「知能の点では単独の人間よりも常に劣る。しかし、感情や、この感情に刺激されて引き起こされる行為から見れば、

事情次第で、単独の個人よりも優ることも、また劣ることもある」というのがル・ボンの結論である。

(第一編・第一章より)


<内容紹介>


民主主義が進展し、「群衆」が歴史をうごかす時代となった19世紀末、フランスの社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンは、心理学の視点に立って群衆の心理を解明しようと試みた。フランス革命やナポレオンの出現などの史実に基づいて「群衆心理」の特徴とその功罪を鋭く分析し、付和雷同など未熟な精神に伴う群集の非合理的な行動に警告を発した。今日の社会心理学の研究発展への道を開いた古典的名著である。



民主主義が進展し、「群衆」が歴史をうごかす時代となった19世紀末、フランスの社会心理学者ギュスターヴ・ル・ボンは、心理学の視点に立って群衆の心理を解明しようと試みた。

フランス革命やナポレオンの出現などの史実に基づいて「群衆心理」の特徴とその功罪を鋭く分析し、付和雷同など未熟な精神に伴う群集の非合理的な行動に警告を発した。

今日の社会心理学の研究発展への道を開いた古典的名著である。



<目次>


●第1篇 群衆の精神

・第1章 群衆の一般的特徴──群衆の精神が統一する場合の心理法則

・第2章 群衆の感情と徳性 

  第1節 群衆の衝動的で、動揺しやすく、昴奮しやすい性質

  第2節 群衆の暗示を受けやすく、物事を軽々しく信ずる性質

  第3節 群衆の感情が誇張的で、単純であること  ほか

・第3章 群衆の思想と推理と想像力

  第1節 群衆の思想

  第2節 群衆の推理

  第3節 群衆の想像力

・第4章 群衆のあらゆる確信がおびる宗教的形式

●第2篇 群衆の意見と信念

・第1章 群衆の信念と意見の間接原因

  第1節 種族性

  第2節 伝統

  第3節 時  ほか

・第2章 群衆の意見の直接原因

  第1節 心象(イマージュ)、言葉および標語

  第2節 幻想

  第3節 経験  ほか

・第3章 群衆の指導者とその説得手段

  第1節 群衆の指導者

  第2節 指導者の行動手段──断言、反復、感染

  第3節 威厳

・第4章 群衆の信念と意見が変化する限界

  第1節 固定した信念

  第2節 群衆の変動しやすい意見

●第3篇 種々な群衆の分類とその解説

・第1章 群衆の分類

  第1節 異質の群衆

  第2節 同質の群衆

・第2章 いわゆる犯罪的群衆

・第3章 重罪裁判所の陪審員

・第4章 選挙上の群衆

・第5章 議会の集会


https://bookclub.kodansha.co.jp/product?item=0000150693c

[その他] 映画『アニー・ホール』(Annie Hall)(1977年アメリカ映画)


 [その他] 映画『アニー・ホール』(Annie Hall)(1977年アメリカ映画)


病室で退屈なので家からDVDを持ってきてもらい久しぶりに観ました。

学生時代にロードショーで観て、さっぱりわかりませんでした。

まったく悲観主義のスタンドアップ・コメディアンのアルビー・シンガー(ウディ・アレン)と、

情緒不安定な歌手・女優志望のアニー・ホール(ダイアン・キートン)の出会いと別れを、ニューヨークを舞台に

ソフスティケイトに描いた佳品です。アルビーが早口でしゃべるセリフは日本人には半分も理解できませんが、もしパートナーを持つならアニー・ホールのような女性に憧れます。


特筆すべきはアニー・ホール・ルックと呼ばれるダイアン・キートンのファッション。いまだ古びていません。


映画の全セリフはネットで入手できるようですので、この映画をテキストに会話ができるようになりたいです。



[その他] a day in the life 骨折で入院中

 [その他] a day in the life 骨折で入院中




6月28日(水曜日) 入院


6月29日(木曜日) 手術


6月30日(金曜日) リハビリ


7月1日(土曜日) リハビリ


7月2日(日曜日) リハビリ



6:30 起床


7:00 朝食


10:40 - 11:20 リハビリ


12:00  昼食


13:00  入浴(シャワー)


14:00   洗濯(コインランドリー)


18:00  夕食


21:30   消灯



※食後3回痛み止め錠剤

病室は4人部屋(稼働は2人ベッド)

有料テレビしかなく新聞・雑誌はない

面会は13:00~17:00 中学生以上家族のみ

WiFiがないのでモバイルWiFi持ち込み必要

iPad等で動画を観るのが適当か



2023年7月1日土曜日

[惹句どんどん] 五味太郎(絵本作家)



擬態語(オノマトペ)は、

歌舞伎や茶道、てんぷらよりも

日本が世界に誇るべき文化



 p249

オノマトペ。「くるくる」とか「ぐるぐる」とか、「もふもふ」とか。聞いて楽しく、使って楽しい。絵本作家の五味太郎による『日本語擬態辞典』という楽しい本がある。この本の中で五味は、「擬態語は、歌舞伎や茶道、てんぷらよりも日本が世界に誇るべき文化」とまで書いている。

『言語の本質』(今井むつみ・秋田喜美著、中公新書、2023年)より


[積読立読斜読] 『なぜヒトだけが老いるのか』(小林武彦著、講談社現代新書、2023年)

 [積読立読斜読] 『なぜヒトだけが老いるのか』(小林武彦著、講談社現代新書、2023年)



生物はなぜ死ななけらばならないのかを進化の過程から説明した前作を引き継いで、

生物ではまれな「老後」を持つ人間の人生の意味をカジュアルに考察した啓蒙書。


p3

前作のまとめ

・生物は「変化と選択」を繰り返す「進化のプログラム」によって、今ある姿・形・性質のすべてを獲得した。

・生物は進化によって作られた。

・進化のプログラムを動かす「変化と選択」の「変化」は「多様性」が生まれること、「選択」は「死ぬこと」

。

・死ぬものだけが進化ができて、今存在している。

・死ぬことは「他者を生かす」

・全ての生き物は、偶然、勝手に、利己的に生まれ、死ぬときには、結果として他を利するかたちで、公共的に死んでいく。


p4

本書のテーマ

・集団(社会)の中で進化したヒトは死への恐怖が強く、これは他人を思いやることができる「共感力」によるもの

・ヒトの場合は死の前に「老いの期間(老後)」があり、30~40年と非常に長い。

・老後はヒト以外の生物にはほとんど見られない。

・「老い」は「死」と違い、全ての生物に共通した絶対的なものではない。


本書の問い

「いったいなぜ、ヒトだけが老いるのでしょうか。」

「では、「老い」とはいったい何なのでしょうか。」



結論

人にとって老いは必要なもの。老いを実感しているシニアは社会にとって必須の存在であり、「老い」のおかげで人類の寿命が延び、今の文明社会が築かれた。(筆者の意見)


「ヒト」:生物種としてのホモ・サピエンス

「人」:社会の中で生きる人


p94

哺乳動物の老後期間[図]

未成熟期・生殖可能年齢と老後期間の対比図

老後があるのは「シャチ」「ゴンドウクジラ」「ヒト」のみで、ヒトは特に老後が長い


共通しているのは子育てが単独では難しく、長期にわたる哺乳類に老後がある

「おばあちゃん理論」(保育)「おじいちゃん理論」(長老)

ゴリラと人間の赤ちゃんの違い

体毛につかまって移動できる、寝かせても泣かない(ゴリラ)



p152

何歳からが本当の「高齢者」か

本来は相対的な言い方の「高齢者」

長寿化した現代では75歳以上が適当か(筆者の意見)




p194

『老人と海』のサンチャゴの生き方

「獲得と喪失」「老いの悲哀」(×)

後悔しない前向きな精神と幸福感(筆者の意見)



p197

筆者の提案

①元気なときは本能のおもむくままにやりたいことをやり(公序良俗に反しない限り)

②老いを感じ始めたら、少しづつ中心を自分から周りに広げる

③「シニア」(※良識ある人で年齢には関係ない)になり、無理のない範囲で公共に尽くし

④最後は皆に惜しまれて天寿を全うしてピンピンコロリと死んでいく(いつ死んでもいいように準備する)


p207

老年的超越の心理的特徴

1989年、スウェーデンの社会学者トルンスタム

85歳を超える超高齢者の心理状態の分析


①宇宙的・超越的・非合理的な世界観

(俗っぽいことには興味が薄い)

②感謝

(他者に支えられている認識と感謝の念)

③利他

(自分中心から他者を大切にする姿勢)

④肯定

(肯定的な自己評価やポジティブな感情)



p218

なぜヒトだけが老いるのか。それは死を意識し公共を意識するためです。死はなんのためにあるか。それは進化のためです。

進化は何のためにあるのか。それは私たちも含めた地球上の全ての生物の存在理由なのです。


p162

人の社会は二重構造(シニアと若者の役割分担)


①社会の基盤を支える部分(ベース層)

シニアが重要な役割を担う


②学びと遊びの部分(クリエイティブ層)

若者が活躍する


①から②へ「知識・技術・文化の継承」



<内容紹介>講談社のサイトより


【ベストセラー『生物はなぜ死ぬのか』著者による待望の最新作!】 人間以外の生物は、老いずに死ぬ。実は「老い」はヒト特有のものなのだ。なぜヒトだけが老いるようになったのか? ヒトだけが獲得した「長い老後」には重要な意味があった──。生物学で捉えると、「老い」の常識が覆る! ◆本書の主な内容/産卵直後に死ぬサケ、老いずに死ぬゾウ、死ぬまで子が産めるチンパンジー/ヒトは人生の40%が「老後」/長寿遺伝子の進化/寿命延長に影響した「おばあちゃん仮説」と「おじいちゃん仮説」/「老化するヒト」が選択されて生き延びた理由/ミツバチとシロアリに学ぶ「シニアの役割」/昆虫化するヒト/不老長寿の最新研究/85歳を超えたら到達できる「老年的超越」というご褒美/老化はどうやって引き起こされるのか/生物学者が提言する「最高の老後の迎え方」とは  ……ほか 「老いの意味」を知ることは「生きる意味」を知ることだった。

2023年6月30日金曜日

[惹句どんどん] 坂口安吾


戦争なんてオモチャじゃないか


岩波文庫版『桜の森の満開の下・白痴』より。


七北数人・解説

p411

 「白痴」の伊沢は「戦争の破壊の巨大の愛情が、すべてを裁いてくれるだろう」と破滅願望にも似た、自分を突き放すような心情を吐露していたが、「戦争と一人の女」でも心の基点は同じようである。不感症なのに遊ばずにいられない女との、戦争の間だけという期限付きの性愛。GHQが削除したラストシーンには、「戦争なんてオモチャじゃないか」という底深い比喩がある。戦争と女の肉体を一体化させて、「もっと戦争をしゃぶってやればよかったかな。もっとへとへとになるまで戦争にからみついてやればよかったかな」と書くところ、死と隣合わせのエロスが冷たく凝縮された感がある。




[積読立読斜読] 坂口安吾『桜の森の満開の下・白痴』

 [積読立読斜読] 坂口安吾『桜の森の満開の下・白痴』

(岩波文庫、2008年、2022年第21刷)




似非インテリで入院中の読書用岩波緑帯。増刷したのか目立っていたので購入。

坂口安吾については『堕落論』とミステリーの『不連続殺人事件』をタイトルだけ知っていただけです。


編集は岩波文庫編集部、解説は坂口安吾研究家の七北数人。


特に印象に残った作品は無垢な少女と見つめる画家志望の少年の短い交流を描いた「傲慢な眼(1933)」。

ジブリの『風立ちぬ』の一シーンを彷彿。


敗戦後に流行作家となってからは脂の乗り切った傑作ばかりで「戦争と一人の女〔無削除版〕(1946)

「続戦争と一人の女(1946)」は戦時下の刹那的な男女の関係と壮大な茶番でる太平洋戦争を対比させ、

特に話者が女性となった「続戦争と一人の女(1946)」は社会の底辺に生きる女性の視点で戦時下の風俗を切り取って新鮮。

当時はGHQの検閲下で削除されたラストシーンには「戦争なんて、オモチャじゃないか」には戦慄が走りました。


収録作品は開設の七北数人によると「どれも「女」をめぐる物語になっている」とし、

安吾の別称である「情痴作家」の面目躍如といったところでしょうか。


女性が話者となった作品は「続戦争と一人の女(1946)」と他に2作品しかないそうですが、

第一人者の太宰治に引け目を感じない完成度の高さでした。


社会の底辺の女性を描いたかと思えば、残虐な高貴な女性に額ずく下賤の男、という構図の作品も秀逸です。


「桜の森の満開の下(1947)」「夜長姫と耳男(1952)」


解説より

p406

残虐で気高い女王の歓心を買うため、命をすりへらす下賤の男。その構図は泉鏡花の「高野聖」や谷崎潤一郎の

諸作を思い起こさせるが、西洋の説話文学にも「雪の女王」「石の花」「タンホイザー」など多くみられる話型である。

安吾作品では、女が残虐であればあるほど無垢な聖性がきわだち、血みどろの世界にふしぎな透明感が漂う。

マゾヒズムに陶酔境を見出す谷崎とはこのあたりが決定的に違う。


他にもミステリー仕立ての「アンゴウ(1948)」あり、出世策となったファルス「風 博 士(1931)」、

代表作「白  痴(1946)」と、非常に幅広い作風で堪能しました。


今日的には障害者や底辺の女性を描く作品が許されなくなっていますが、

混とんとした中にも上昇するエネルギーを感じる猥雑さも必要なのかなと感じた作品群でした。





<内容紹介>

桜の森の満開の下は怖ろしい.妖しいほどに美しい残酷な女は掻き消えて花びらとなり,

冷たい虚空がはりつめているばかり──.女性とは何者か.肉体と魂.男と女.

安吾にとってそれを問い続けることは自分を見つめることに他ならなかった.

淫蕩,可憐,遊び,退屈…….すべてはただ〈悲しみ〉へと収斂する.(解説=七北数人)



<収録作品>

風 博 士(1931)

傲慢な眼(1933)

姦淫に寄す(1934)

不可解な失恋に就て(1936)

南 風 譜(1938)

白  痴(1946)

女  体(1946)

恋をしに行く(1947)

戦争と一人の女〔無削除版〕(1946)

続戦争と一人の女(1946)

桜の森の満開の下(1947)

青鬼の褌を洗う女(1947)

アンゴウ(1948)

夜長姫と耳男(1952)

解  説(七北数人)


<作者プロフィール>

日本大百科全書(ニッポニカ) 


坂口安吾(さかぐちあんご)(1906―1955)


小説家。明治39年10月20日、新潟市生まれ。本名は炳五(へいご)。父仁一郎、母アサの五男。坂口家は旧家で大地主。

放任主義の父、母にもなじめなかった安吾は、幼稚園、小学校、中学とはみだしが多く、まともに通学しなかった。

「家」に反逆し孤立した彼を癒(いや)してくれたのは、故郷の海と空と風であった。

1922年(大正11)県立新潟中学を退学して、東京の豊山(ぶざん)中学3年に編入学。中学卒業後代用教員となったが、

26年東洋大学印度哲学科に入学。一念発起、寸暇を惜しんで哲学宗教書、梵語(ぼんご)、パーリ語、フランス語などを

勉強し習得した。28年(昭和3)アテネ・フランセに入学し、長島萃(あつむ)などを知る。

30年東洋大学卒業。同人誌『言葉』を創刊。31年、処女作『木枯の酒倉から』『ふるさとに寄する讃歌(さんか)』を発表。

『風博士』(1931)を牧野信一が、『黒谷村』(1931)を島崎藤村(とうそん)、宇野浩二(こうじ)がそれぞれ激賞、

さっそうと文壇に登場した。32年、新進美貌(びぼう)の女流作家矢田津世子(やだつせこ)と激しいプラトニック・ラブに陥って苦しみ、

京都に転住。矢田との愛の清算は長編『吹雪(ふぶき)物語』(1938)となって結実した。38年帰京。

太平洋戦争下に大胆破格な評論『日本文化私観』(1943)を発表。


戦後は混迷錯乱状況のなかで、人間の本質を洞察した『堕落論』(1946)を、その実践として『白痴』(1946)を発表した。

これらの文学活動は、戦後の虚脱状態にあった日本人に一大衝撃を与えた。石川淳(じゅん)などといっしょに新戯作(げさく)派

ないし無頼派とよばれ、敗戦当初の文壇の旗手として脚光を浴びた。その後、一躍流行作家となり、1947年(昭和22)名作

『桜の森の満開の下』を発表。梶(かじ)三千代と結婚、その反映が『青鬼の褌(ふんどし)を洗ふ女』(1947)となる。

歴史小説『織田信長』(1948)、推理小説『不連続殺人事件』(1947~48)にも筆を染めたのもこのころである。

49年、睡眠薬と覚せい剤による中毒症状が狂暴錯乱の行動をもたらした。

50年、『安吾巷談(こうだん)』で世相を切り続け、国税庁や自転車振興会を相手に抗議文を書き注目を集めた。

また『夜長姫と耳男』(1952)を発表したが、『狂人遺書』(1955)を残し脳出血により昭和30年2月17日急逝した。享年48。


[伴 悦]


『『定本坂口安吾全集』全13巻(1967~71・冬樹社)』▽『『坂口安吾評論全集』全7巻(1971~72・冬樹社)』

▽『関井光男編『坂口安吾研究Ⅰ・Ⅱ』(1972、73・冬樹社)』▽『森安理文著『偉大なる落伍者坂口安吾』(社会思想社・現代教養文庫)』

2023年6月29日木曜日

[自分史のレッスン]2023年6月28日(水曜日)骨折で入院中



「腓骨」の末端の骨折。ぽきんと2つに折れたわけではなく、
末端が欠けたような感じです。



6月23日(金曜日)

午後6時30分頃、社用で配送中歩道縁石と接触。

捻挫として自宅療養シップを続ける。


6月26日(月曜日)

浜脇整形外科受診(骨折、ギブス治療)

午前中、南観音CCで仕事


6月27日(火曜日)午後、浜脇整形外科再受診(骨折、入院手術決定)

午前中、MASミーティング、牛田PM、SS観音、安佐北区大型ごみ搬入


6月28日(水曜日)入院、手術前検査


6月29日(木曜日)午前9時~10時、手術、術後は順調。

抜糸は7月9日(日曜日)、全加重歩行で痛みがなければ退院とのこと。