[日本語名言紀行] 天象 007 【月夜】桜月夜
月夜の浜辺 中原中也
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
なぜだかそれを、捨てるに忍びず
僕はそれを、袂たもとに入れた。
月夜の晩に、ボタンが一つ
波打際に、落ちていた。
それを拾つて、役立てようと
僕は思つたわけでもないが
月に向かつてそれは抛ほうれず
波に向かつてそれは抛れず
僕はそれを、袂に入れた。
月夜の晩に、拾つたボタンは
指先に沁み、心に沁みた。
月夜の晩に、拾つたボタンは
どうしてそれが、捨てられようか?
(1937年(昭和12年)、婦人雑誌『新女苑』2月号掲載)


