2023年1月8日日曜日

[日本語名言紀行] 天象 007 【月夜】桜月夜

 [日本語名言紀行] 天象 007 【月夜】桜月夜




月夜の浜辺 中原中也


月夜の晩に、ボタンが一つ

波打際に、落ちていた。


それを拾つて、役立てようと

僕は思つたわけでもないが

なぜだかそれを、捨てるに忍びず

僕はそれを、袂たもとに入れた。


月夜の晩に、ボタンが一つ

波打際に、落ちていた。


それを拾つて、役立てようと

僕は思つたわけでもないが

   月に向かつてそれは抛ほうれず

   波に向かつてそれは抛れず

僕はそれを、袂に入れた。


月夜の晩に、拾つたボタンは

指先に沁み、心に沁みた。


月夜の晩に、拾つたボタンは

どうしてそれが、捨てられようか?



(1937年(昭和12年)、婦人雑誌『新女苑』2月号掲載)