2016年1月3日日曜日

<日々是不穏 like a rolling stone> 下流老人

画像は東洋経済のサイトからお借りしました

「下流老人」という衝撃的なタイトルの新書が版を重ねています。反貧困ネットワーク埼玉代表の藤田孝典さんの著書で、1月1日付けの朝日新聞「オピニオン」にも藤田さんの記事が掲載されました。
記事自体は正鵠を得たものであり同意できますが、「下流老人」という言葉が一人歩きして、あまり不安を煽るような記事ばかりでは世の中が暗くなります。


以上食品関係の会社に勤務していて、よく業界で言われたのが「安心安全」なモノづくりという言葉でした。
「安心」と「安全」は別の概念で、「安心」は消費者の心理的なもの、「安全」は計量可能で具体的な商品規格値、です。

経済専門の雑誌等でも「下流老人」「老後の不安」等の記事が散見されています。この手の雑誌の購買層は決して低い収入の人たちではありませんが、
老後も含めて社会保障が見えにくいせいで「安心安泰」な生活が描けない不安があるのかも知れません。

日本の社会が「安泰」なセーフティーネットを準備しているという知識と、自分の資産等の棚卸が正確にできれば、不安が「安心」につながるのではないでしょうか。

朝日新聞の記事とは別にネットで検索していたらホームレスを支援している生田武志さんがワークショップ等で使用されている「カフカの階段」と名付けられたチャートが目に留まりました。



老人に限らず、若年層も含め、社会のセーフティーネットにひっかからずにホームレスまで堕ちてしまうのは一段ずつですが、逆に這い上がろうとすると一気に駆け上る必要があり、かなりの困難を伴うことが一目で理解できます。



最下段まで堕ちてしまった人に、社会がどう手を差し伸べるか、具体策を検討するのに非常に役に立つと思いました。生田さんは公務員ではなく困窮者支援のNPO法人の方のようです。




2016年1月1日付けの朝日新聞記事「オピニオン」より。
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さまざまな選択肢を自由に選べる社会に――。1990年代以降、日本ではそんな声が高まった。だが現状はむしろ、選ぶことができず、息苦しくなってはいないか。「選択」をキーワードに、この国のあり方を考える。

 ■老後の貧困、「公正」築き防げ 藤田孝典さん(NPO法人「ほっとプラス」代表理事)

 ソーシャログイン前の続きルワーカーとして、生活困窮者の支援を10年以上してきました。最近は、普通の生活をしてきたサラリーマンが貧困に転落するケースが増えています。

 高齢になって仕事を退くと、多くは年金に頼らざるを得なくなります。1カ月の平均給与が38万円だった人が40年間、厚生年金保険料を支払ってきたとして試算すると、現時点で受け取れる年金は月約16万5千円。平均給与が25万円なら約13万円にしかなりません。

 病気で医療費がかさんだり、熟年離婚で収入が半分になったりすると、暮らしは維持できなくなります。多くの高齢者は薄氷を踏むような状況で暮らしています。

 私は「生活保護基準相当で暮らす高齢者およびその恐れがある高齢者」を「下流老人」と名付けました。憲法が保障する「健康で文化的な最低限度の生活」を送ることが難しい人たちです。

 「下流老人」は決して、放蕩(ほうとう)の末に身を持ち崩した人たちではありません。例えば、飲食店の正社員を経て介護の仕事に真面目に取り組んできた男性は、働いていた時の賃金が低く、両親を介護する離職期間も長かったため、厚生年金は約9万円。自身の糖尿病などで医療費がかさむようになり、食費に困って路上の野草を食べて飢えをしのいだそうです。最初の相談時には、身長が約180センチあるのに、体重は約50キロしかありませんでした。

 「自分がこんな状態になるなんて思いもしなかった」という高齢者の相談は増える一方です。今後の日本社会に中流は存在しなくなり、老後の生活を選べる「一握りの富裕層」と、選択の自由がない「大多数の貧困層」に分断されていくのではないでしょうか。

 労働者の4割に達した非正社員の多くも、このままでは「下流老人」の予備軍になると考えています。新しい働き方の選択肢として前向きに評価する風潮もありましたが、企業が人件費削減に利用した側面が強く、多くの非正社員が低賃金や雇用の不安によって厳しい生活を強いられています。

 結婚して子供が生まれた時、知人から「ブルジョアじゃないと育てられないね」と言われました。非正規雇用、年金問題などで将来に不安を抱える若い世代には、結婚して子供を産むという当たり前のことさえ、ぜいたくになってしまっています。

 もはや高齢者に限らず、子供や若者、シングルマザーの貧困も社会として見過ごせる水準にはありません。しかし、国や自治体による社会福祉制度の情報開示は十分ではない。複雑な仕組みにもかかわらず学ぶ機会を用意せず、個々人の「申請主義」に任せて福祉の選択肢をわかりやすく示さないのは、「選択の自由」以前の問題だと思います。

 さらに、格差是正のためには所得の再分配機能を高めることが欠かせません。所得税の累進税率を上げ、資産課税を強化して富裕層から多くの税金を取ることが必要だと考えますが、政治で議論されそうな気配はありません。

 与党による軽減税率導入をめぐる経緯を見ると、消費税増税は既定路線のようです。「薄く広く負担を求める」と説明されてきた消費税は一見、公平に見えますが、所得の少ない人ほど負担が重くなる「逆進性」がある。いま大切なのは、機会の平等を守るために、真に公正な税制とは何かを考えることだと思います。

 世の中に持つ者と持たざる者が生まれるのはある程度、仕方のないことだと思います。ただ、格差が広がった場合、是正しなければ社会は成り立たない。教育費の無償化や低家賃の公営住宅の拡充など、貧困の連鎖を防ぐ公的な安全網を整備することが急務です。

 生活困窮者が自殺や路上生活に追い込まれることなく、「生まれてきてよかった」と、再び自らの人生を選択できる公正な社会を実現すべきです。私たちは「そんなのは無理だ」と簡単にあきらめずに、粘り強く社会の再構築を目指すべきだと思います。

 (聞き手・古屋聡一)

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 ふじたたかのり 1982年生まれ。聖学院大学人間福祉学部客員准教授。反貧困ネットワーク埼玉代表。ブラック企業対策プロジェクト共同代表。著書「下流老人」がベストセラーに。