2023年3月18日土曜日

[積読立読斜読]『現代語訳 風姿花伝 世阿弥』(水野聡訳、PHP、2005年)

 [積読立読斜読]『現代語訳 風姿花伝 世阿弥』(水野聡訳、PHP、2005年)



縁あって参加している読書会。3月の課題書は現代語訳の『風姿花伝』。読書会の発表は課題本を読んでその感想を述べるもので、概ね課題書から印象に残った部分の紹介が主。

『風姿花伝』は大古典なので、課題書とは別に何冊か読了予定。別途紹介します。現代語訳は持ち込み企画だそうです。



<内容紹介>出版社のサイトより

『風姿花伝』は能の大成者・世阿弥が著した、日本最古の能楽論である。『花伝書』の名称でも知られる本書は、「花」と「幽玄」をキーワードに、日本人にとっての美を深く探求。体系立った理論、美しく含蓄のある言葉、彫琢された名文で構成される、世界にも稀な芸術家自身による汎芸術論である。原文の香気が失われぬよう、かつ自然な現代語としてスラスラと読めるよう、工夫を凝らした現代語・新訳として提供する。


 七歳から年代順に具体的な稽古要領を記した「年来稽古條々」、物真似の本質を把握し表現する「物学條々」、Q&A形式の「問答條々」。そして、「花」の本質を説いた「別紙口伝」。章立て・語り口はあくまで明快、シンプルである。大陸伝来の文化から袂を分かち、日本人自ら育て、咲かせた最初の美しい「花」――。風姿花伝は700年を経た今日でも、広く表現に携わる方々はもちろん、人生訓としても読める懐の深い名著である。


<現代語訳者プロフィール>著者のHPより

水野 聡(みずのさとし)

神戸市出身、川崎市在住。

関西学院大学文学部日本文学科中退。

リクルート(株) コピーライター

エイボン・プロダクツ(株) 

コピーライター、ディレクター

日本ゲートウェイ(株) 

広告制作プロデューサー

他企業にて、マーケティングマネージャー、

CRMコンサルタント等をつとめる。

2004年1月独立、能文社を設立。

古典翻訳家、中世日本文化史講師。


著書に「強く生きる極意 五輪書/宮本武蔵著 水野聡訳(PHPエディターズグループ2004.8)」、「現代語訳 風姿花伝/世阿弥著 水野聡訳(PHPエディターズグループ2005.1)」、「南方録 現代語全文完訳/南坊宗啓著 水野聡訳(能文社2005.12)」、「葉隠 現代語全文完訳 山本常朝/田代陣基著 水野聡訳(能文社2005.12)」等がある。


http://nobunsha.jp/anshu.html


以下は当方が抜き書きした部分です。若干関連情報もあります。他の人が読んでもわかりません。悪しからず。

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p8

好色、博打、大酒への三重戒。亡父、観阿弥の掟である。


p11

十二、三より

この二つの美点(姿かたち、声)があれば悪い所はかくれ、よい面はいよいよ花やかに見える。


p12

しかしこの花は、まことの花ではない。ただ、時分の花というべきだ。


[memo]

名子役大成せず


p14

若さと見る人の珍しさゆえの一時の花である。まことの目利きは見分けるものである。


p16

上がるのは三十四、五までのころ、下がるのは四十以降。


p17

まず優れた美男子はいざ知らず、ほどほどの容貌であれば、直面(ひためん)の申楽は年取っては見られたものではない。


p19

能に枝葉なく老い木になるまで、花は散りもせず残って咲いたのだ。これば目の当たりにした老骨に残る花の証であった。


p31

鬼の物真似には、大いなる秘事がある。上手く演じるほど、面白くなくなるという道理である。


[memo]

犬馬は難く、鬼魅は易し



そもそも犬と鬼とはどういう意味かと言うと中国の古典「韓非子」にでてくる「犬馬難、鬼魅易(犬や馬を描くのは難しい、鬼を描くのは易い)」が元になっているそうです。ちなみにこの言葉は氏が白洲正子さんの自宅の短冊に書かれているのを見てインスピレーションを受けたそうです。もう少し分かりやすく言うと犬や馬のように見慣れたものを描くのは違いが目に付いて難しいが、鬼のような想像物は簡単(いい加減に描いてもという意)に描けるという意味です。転じて自然や文化も見慣れているものに価値を見出すのは難しく、一見派手で凄そうだが空虚な様式は容易に作られる、というような内容らしいです。(←私は実際に読んではないので怪しいかもしれませんw)


http://9tailstalking.blog115.fc2.com/blog-entry-382.html


p37

申楽というものは貴人のお出でを本(もと)とするもの。


p39

そもそも一切のものは、陰陽和するところの境に成就することを知るべきである。(昼の演目、夜の演目)


[memo]

薪能(たきぎのう)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

薪能(たきぎのう)は、主として夏場の夜間、能楽堂、もしくは野外に臨時に設置された能舞台の周囲にかがり火を焚いて、その中で特に選ばれた演目を演じる能楽。



p40

一切のことに序破急があるが、申楽も同じである。


[memo]

百科事典マイペディア

序破急【じょはきゅう】

日本芸能の形式や構成上の原理を表す用語。舞楽から出た言葉であるが,芸能の種類によって意味が異なる。(1)舞楽では,1曲を構成する三つの楽章の名称。序は速度が最もおそく,拍子にとらわれず自由に演奏される。破は速度は序とほぼ同じだが,拍子に合わせて演奏され,急は拍子に合わせて急な速度で演奏される。序破急を完備した曲は《五常楽》など数曲だけである。近世邦楽では,漸次急速になるテンポのことをいうことが多い。(2)能楽では,能の構成,演出の根本理念として,のびやかな導入部,こまやかな表現の展開部,変化の急な終結部をいう。世阿弥は序一段,破三段,急一段の五段構成を作能の基本とした。また1日の演能全体から1足1句の演技まで,テンポの加速度的移行を序破急という。


p41

自作の能をもたないシテは、一騎当千の兵(つわもの)であったも兵具を持たない軍人と同じだ。


p44

まことの花の残るシテには、いかなる若いシテといえども勝つことは叶わないものである。


p46

上手は下手の手本、下手は上手の手本とわきまえ工夫すべし。


p47

生まれつき備わった位を長(たけ)という。かさといっているものとは別物だ。


p50

どの舞台でも花やかな役者。これが幽玄だ。


p51

しおれたとうい段階は、花よりもさらに上にあると言うべきだろう。


p52

○ 薄霧のまがきの花の朝じめり秋は夕べとたれかいひけむ  

 藤原清輔(新古今集)


p54

されば花を知りたくば、まず種を知ること。花は心、種はわざ(芸、技術)である。


p65

ただその風(ふう=伝統)を得て心より心に伝えてゆく花なれば、本書を風姿花伝と名付けたのだ。


p70

この芸能は、万人に愛され受け入れられることを、一座繁栄の福の元としている。


p71

道を嗜んだ結果として、福や富があるのだ。まず福や富を得ようとする嗜みは、まさしく道を廃れさせる。


p85

この章段は志をもつ芸人以外、一見をも許してはならない。


p87

能も一所に常住せぬところを、まず花と知るべきだ。一所にとどまらず他の姿に移り行くことが珍しいのだ。



p91

物真似には似せないという位がある。物真似を究めその物にまことなりきってしまえば、もう似せようと思う心などない。


p95

芸の位が上がったといって、過ぎし芸風をやり捨ててやり捨てしは忘れてしまうこと。ひたすら花の種を失い続けることとなる。


p95

種がありさえすれば、年々時々の折に、なぜまたその花に逢えないことなどあろうか。ただかえすがえすも、初心(いろいろ意味あり、自分の未熟さ?)

忘るべからず。



p97

人に悟られぬことにより生涯咲き続ける花を持つ主となることを授ける。秘すれば花、秘せずは花なるべからず。


因果の花を知ること、すなわち極意である。



p98

時には男時、女時というものがある。


[momo]

向田邦子『男どき女どき』(小説+エッセイ)



p100

この別紙口伝は、当芸において家の大事となるものゆえ一子相伝とする。たとえ跡継ぎが一人しかいなくとも、その物が無器量であれば伝えてはならぬ。


「家はただ継ぐから家なのではない。継ぐべきものがあるゆえ家なのだ。人もそこに生まれただけでそこの人とはいえぬ。その家が守るべきものを知る者のみ、その家の人といえるのだ」



以下、『能はこんなに面白い!』(観世清和・内田樹著、小学館、2013年)より。

   

p48

また舞に、目前心後(もくぜんしんご)ということあり。目を前につけて、心を後ろに置けとなり。見所より見るところの風姿は、わが離見なし。しかれば、わが眼の見るところは、我見なり。離見の見にはあらず。

離見の見にて見るところは、すなわち見所同心の見なり。その時は、わが姿を見得するなり。


p48

「初心」を忘れるということは、もはや自分を高める動機を感じなくなるということです。



松岡正剛「千夜千冊」

 では、少々ながらガイドをしておくが、『花伝書』は現代語で読んではいけない。もともと古典はそうしたものだが、とくに『花伝書』にはろくな現代語訳がない。だから、『花伝書』の言葉は当時そのままで受容したほうがいい。

https://1000ya.isis.ne.jp/0118.html


2023年3月16日木曜日

[新聞記事] 3月3日 大江健三郎さん逝去

 



















[あの頃のレコード] 細野晴臣『MEDICINE COMPILATION』(1993年)

 [あの頃のレコード] 細野晴臣『MEDICINE COMPILATION』(1993年)



全然あの頃ではなく、オリジナルのCDが1993年発売。2022年の「レコードの日」に合せて国内で初めてアナログ化。


砂原良徳さんによる最新リマスタリング、ハリウッドのバーニー・グランドマンさんによるカッティングがされてます。長い間「積読」ならぬ「積聴(?)」でしたが、今月の読書会の課題書『風姿花伝』がらみで、いろいろ「能」について調べていると、シテの流派、室生流宗家の宝生和英さんが「能はアンビエント音楽」であるという卓見に出会い、遅ればせながら聴き込んでいるところです。


収録曲は「良い悪い」を超越したところに存在し、聴いて「自分の音楽だ」と思う人だけ聴けばよいのでは。アンビエント音楽はよく「癒し」の音楽と呼ばれているようですが、ずっと流していると自分の心臓の鼓動と、音楽とが一体になるような、不思議な感覚になります。


能とどんな関係があるのかは、今のところ分かりません。



<収録曲>(アナログ盤は2枚組です)


曲目リスト

1 ラフター・メディテーション

2 ハニー・ムーン

3 デイラ

4 クワイエット・ロッジ・エディット

5 メディスン・ミックス

6 サンド・ストーム・エディット

7 マブイ・ダンス #2

8 アイウォイワイアオウ

9 アルメニアン・オリエンテーション

10 アンビエント・メディテーション #3


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朝日新聞デジタル記事

https://digital.asahi.com/articles/ASND25VXNND2UCLV005.html

能とはアンビエントでチルアウトと見つけたり 宝生和英



宝生流宗家の宝生和英

伝統芸能の違いを「歌舞伎や文楽は感情の動きを促すエンターテインメント、能は心理的負担を減らすアンビエント/チルアウト」と説明した。アンビエントは作曲家ブライアン・イーノが1970年代に提唱した「環境音楽」。チルアウトは90年代に生まれた、激しいダンス後の「ゆっくりする音楽」を元にする。

井上秀樹2020年12月3日 7時00分

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2023年3月15日水曜日

[惹句どんどん] ハマ・オカモト(ベーシスト)

 



The BeatlesとThe Rolling Stonesの違い。
ロックとポップの明確な違いなんじゃないかって。



安部&ハマのロックの線引き

──ちなみに安部さんとハマさんの中で、これはロックでこれはロックじゃないという線引きはありますか?

ハマ 感覚的な部分もあると思うんですけど、うちのメンバー間でよく話すのがThe BeatlesとThe Rolling Stonesの違い。ビートルズって誰が演奏してもある程度サマになるけど、ストーンズの曲はミック・ジャガーが歌わないとカッコよくならない。それがロックとポップの明確な違いなんじゃないかって。その人じゃないとダメだというのが僕ら的なロックとかロックスターの定義ですね。


https://natalie.mu/music/column/401243/page/2

細野ゼミ 1コマ目(前編) [バックナンバー]

細野晴臣とアンビエントミュージック(前編)

“ゼミ生”安部勇磨(never young beach)&ハマ・オカモト(OKAMOTO’S)と共に探るその奥深い歴史

[積読立読斜読] 『安岡章太郎短編集』(安岡章太郎著、持田叙子編、岩波文庫、2023年)

 


安岡章太郎が岩波文庫入りとは自分の中では微小な驚愕でした。格式の高い岩波文庫では発表から相当数の年月が経ち世評で「古典」の評価が定まった作品を収録するのが常なので。安岡章太郎と同じころにデヴューした「第三の新人」では岩波文庫入りは安岡章太郎のみ。安岡章太郎の作品は断片的に触れておりましたが、村上春樹さんが1997年に出した『若い読者のための短編小説案内』に岩波文庫版にも採用された「ガラスの靴」の解説があり、初めて熟読した次第です。


写真では常に柔和な微笑を湛えていますが、年譜では軍隊経験をはじめ、病床の期間も長く、壮絶な経験も多数したようです。作品も軍隊時代を扱ったものがありますが、理不尽な軍隊を描くにも、ある種の諧謔をもって、自分を客観的に見て、淡々と平易な語彙で記述していくスタイルが、時代を超えてコンテンポラリーな作品になっていると思います。


日本近代文学が専門の編者の持田叙子さんは芥川賞受賞作品の「陰気な愉しみ」「悪い仲間」(1953年)を採らず、「読者の目に触れることの少ない佳品」を選んだということで、昭和30年代の作品が比較的多く採用されています。「ガラスの靴」以外はすべて初めて読みました。


持田さんの解説では「安岡章太郎は破壊から生まれた新しいヒトとして書く。強く大きく立派になることを忌避した。弱く卑小な人間の軟弱な視点から書いた。この姿勢は、最高の心の大人であることを盾とする戦前の知識人に対し、画期的である。文章も新しい。それまでの日本語の格式をわざとからかうスタイルをえらぶ。」「安岡章太郎は、今もタイムリーな新人なのである。」(p312)。


安岡章太郎の作品は、こんなに面白かったんだと改めて認識しました。


<内容紹介>岩波文庫のサイトより


安岡章太郎(1920―2013)は、1950年代に登場した戦後文学を代表する作家。短篇小説の名手として知られる。戦時下での青春の挫折、軍隊での体験、敗戦直後の占領下、戦後の日常生活… ユーモアとペーソスに溢れた繊細な文章で、人の心の襞を描き出した。新しい時代の到来を告げた清新なデビュー作「ガラスの靴」から円熟期の作品まで14篇を収録。


ガラスの靴

蛾

家庭

体温計

マルタの嘆き

故郷

サアカスの馬

職業の秘密

老人

野の声

走れトマホーク

父の日記

放屁抄

猶予時代の歌

 解説(持田叙子)

 安岡章太郎略年譜


https://www.iwanami.co.jp/book/b619880.html


<編者紹介>

持田叙子 (もちだのぶこ) 先生は、永井荷風、折口信夫、泉鏡花、遠藤周作などの日本近代文学の研究をされていらっしゃいます。最近では、世田谷文学館の企画展『永井荷風 のシングル・シンプルライフ』の監修と連続講座『遠藤周作 神に問いかけつづける旅』の講師を務めていらっしゃいます。

今回の講演では、暮らしのなかで和の季節を永井荷風がいかに愛していたかなどがテーマとなりますので、参加者の皆様がより身近に永井荷風を感じることが出来る、大変楽しい内容として注目です。是非、ご参加ください!


<プロフィール>

1959年、東京生まれ。慶応義塾大学大学院修士課程修了、國學院大學大学院博士課程単位取得退学。1995年より2000年まで『折口信夫全集』(中央公論社)の編集と解題執筆に携わる。2009年『荷風へ、ようこそ』が第31回サントリー学芸賞受賞。三田文学新人賞選考委員。毎日新聞書評委員。


<著書>

『折口信夫 独身漂流』(人文書院、1999年)『朝寝の荷風』(人文書院、2005年)『荷風へ、ようこそ』(慶應義塾大学出版会、2009年)『泉鏡花 百合と宝珠の文学史』(同、2012年)『折口信夫 秘恋の道』(同、2018年)、『遠藤周作 神に問いかけつづける旅』(同、2020年:共著) その他


http://www.academy-aitopia-chofu.com/sc/idx-info05.html

生涯学習団体 アカデミー愛とぴあ


第三の新人(だいさんのしんじん) 

昭和20年代後半に文壇に登場した安岡章太郎,吉行淳之介,庄野潤三,遠藤周作,小島信夫,阿川弘之,三浦朱門らをいう。第1次戦後派および後続の新人につづく3番目の新人群という含みをもって用いられた。《文学界》(1953年1月号)に載った山本健吉の《第三の新人》が最初の紹介論文だが,当初は必ずしも前述の作家をさすものではなかった。服部達が《文学界》(1955年9月号)で〈劣等生・小不具者・市民〉を〈第三の新人〉の特色として挙げるにおよんでほぼ内容が定着した。すなわち社会性や思想性のつよかった戦後派作家に対して,日常生活のなかで弱者の意識,正義と無縁な小市民意識を基盤とする作風の持主として,前記の作家群を意味するにいたった。その後,各作家の成熟に応じて,それぞれ作風の変容と多様化を示したが,便宜上のグループ名としては存続し,文学史的にも定着するにいたっている。⇒戦後文学              磯田 光一


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2023年3月14日火曜日

[新聞記事] Sunday World Economy ボルボ「EV専業」への改革

 ボルボはIT業界から経営トップを迎え、自動車の世界がEVに雪崩を打つ「転換点が必ず来る」とEV専業への布石を固めました。

携帯電話があっという間にスマートフォンに置き換わったような変化が自動車にも起きるのか。成り行きが注目されます。





[その他]ボブ・ディランさん日本ツアー

 


御年81歳ですが元気です。広島公演があれば行きたかったですが。

2023年3月13日月曜日

[その他] マスク着用解除

 2023年3月13日(月曜日)よりコロナ禍で始まった「マスク着用」は解除。

戦時中の灯火管制も同じような解放感だったのでしょうか?




2023年3月12日日曜日

[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話』(鍵山秀三郎著、PHP研究所)3月8日~3月15日

 







[同窓会] 2023年 皆実28期同期会のご案内

 2023年5月6日(土曜日)、5年に一度の同期会の開催案内を発送しました。

万象お繰り合わせの上ご参加ください。







[その他] a day in the life 軽音楽部練習 同期会案内発送

 



3月12日(日曜日)は高校の同期生で組んでいるバンドの練習日。練習のあと5月に開催の5年に一度の同期会の案内文発送準備。

[晴れどきどき英語のお勉強] 『真・英文法大全』 CHAPTER 3 接続詞(conjunctions) 3-2-4 従属接続詞一覧(その2)




 p118

3-2-4 従属接続詞一覧(その2)

時・条件以外の従属接続詞


◆「対比」を表す従属接続詞

while/whilst/whereas 「~する一方で」

※while/whilst 時・対比2つの意味がある


While baseball is popular in Japan and the United States, it is not popular at all in Europe.

(ヨーロッパではまったく人気がない)


I got a C in math, while he got an A.


He likes coffee, whereas she likes tea.


◆「逆説・譲歩」を表す従属接続詞


though/although 「~だけれども」

albeit 「~だけれども・~にもかかわらず・たとえ~でも」

even though  「(実際そうであるが)たとえ~でも」※thoughを強調したもの

even if 「(実際はわからないが)たとえ~でも」

if 「たとえ~でも」※ifだけで even if の意味で使うこともできる

whether 「~してもしなくても」

as 「~だけれども」※asには様々な意味があるので⇒p886参照


Although we don't currently have those shoes in your size in stock,

we can order a pair and have it here by Friday.


[+α]難関大で出始めた albeit(=although)


The car is beautiful, albeit a bit pricey.

(その車は美しい、少し値がはるが。)


[+α]even if(≒if) とeven though(≒though) の使い分け


①Even if he is experienced, he cannot to do the job.

※「彼に経験があるか」は不明


②Even though he is experienced, he cannot do the job.

※「実際に経験がある」


p120

◆「理由」を表す従属接続詞

because, since/as

in that 「~だから・~という点において」

now that 「今やもう~だから」


※sinceの核心は「起点」

①「ある一時点を起点にして」⇒「~以来」

②「ある動作を起点にして」⇒「~だから」



[英作文の注意]

日本語訳につられて単文でbecauseを使わないこと。

(×)Because SV.

(〇)Becausesv, SV. or SV because sv.


[補足]becauseの例外

①"Why?" "Because SV."の形では単文で使う

②This is because sv.「これはsvだからです」


[+α]becauseは新情報、since/asは旧情報


SHe did it because she was angyry.


Since we are friends, let's talk frankly.


[まとめ]since/as と違う "because"だけの特徴

①"Why?" "Because SV."の形では単文で使う

②強調構文(It is bacause ~ that...)で使える。⇒p854

③副詞による修飾が可能(例 just because~「単に~だから」)⇒p377


[+α]会話でよく使うnow that

Now that I think of it, I've met her sister.

(≒Come to think of it,SV.)

(今考えてみたら、彼女の妹に会ったことがある)



◆その他の従属接続詞

「場所」を表すもの

where 「~するところで」

wherever 「~するところではどこでも」

everywhere「どこへ~しても」


Where there's a will, there'a way.

※ことわざ(意志があれば、道はみつかる)


「様態」を表すもの

as/like 「~のように」

as if/as though 「まるで~のように「」


※as if は「仮定法」⇒p191


It looks like it' going to rain.

(雨が降りそうだ)


前置詞としての like は直後に名詞をとるが、svをとり接続詞として使われる例



[まとめ]「~するとすぐに」という表現

「家を出たらすぐに雨が降り始めた」

As soon as I left home, it began to rain.

=On [upon] my leaving home, it began to rain. ※myは動名詞の意味上の主語

=No sooner had I left home than it began to rain. ※倒置

=Hardly had I left home when it began to rain.


①接続詞を使った表現

As soon as sv, SV.

The moment [The minute/The instant] sv, SV.

Immediately sv, SV.


②前置詞を使った表現

On [Upon] -ing, SV. ※onは「動作の接触」⇒p668


③否定語を使った表現

No sooner vs ~ than SV.

Hardly [Scarcely] vs ~ when [before] SV.


※表記は、「主節(前半)を小文字sv、従属節(後半)を大文字 SV としている。

vsという倒置は⇒p868