当方は角川文庫版で読みました、他にもいろいろ版あり
良質なミステリを読んだので中学時代から何回も読み返しているにも関わらず、いまだにトリックが判然としない鮎川哲也『黒いトランク』を再読。当方はあまりミステリ好きではありません。だだ本作と天童真さんの『大誘拐』はなぜか何度も読み返しています。
今回はネットにあったアリバイのトランク移動図を参考にして、メモを取りながら読んだので、トリックがやっと理解できました。
<光文社のサイトより作品紹介>
格別の評価を得る推理小説の一大傑作。─一九四九年十二月十日、東京・汐留駅に届いた大型トランクのなかから、男の腐乱死体が転がり落ちた!容疑は当然、九州からトランクを発送した近松千鶴夫にかかったが……彼もまた、瀬戸内海上に漂う死体として、岡山県で発見されたのだった!真犯人が構築した純度百パーセントの難事件。鬼貫警部に勝算はあるのか……!?最高傑作の呼び声高い作品を、初刊当時の形で文庫化、トリック詳解を付す。
<東京創元社のサイトより作品・著者紹介>
●北村薫氏推薦 「ここに日本本格ミステリの青春がある」
●有栖川有栖氏推薦 「これはもう世界遺産」
汐留駅でトランク詰めの男の腐乱死体が発見され、荷物の送り主が溺死体となって見つかり、事件は呆気なく解決したかに思われた。だが、かつて思いを寄せた人からの依頼で九州へ駆けつけた鬼貫の前に青ずくめの男が出没し、アリバイの鉄の壁が立ち塞がる……。作者の事実上のデビューであり、戦後本格の出発点ともなった里程標的名作!
鮎川哲也(アユカワテツヤ )
1919年生、2002年歿。1956年、講談社の書下し長探偵小説全集第13巻募集に応じた『黒いトランク』が出世作となる。乱歩編の〈宝石〉に迎えられて以降 本格派の驍将の座を確立、1960年、『黒い白鳥』『憎悪の化石』で第13回日本探偵作家クラブ賞を受賞。鬼貫警部や星影龍三の活躍、三番館シリーズほかの本格推理を書き続ける一方、アンソロジー編纂、新人作家紹介等に尽力した。その名を冠したミステリ新人賞〈鮎川哲也賞〉が、1990年、東京創元社により創設された。
それにしてもパソコンがない時代にこれだけ精緻を凝らした推理小説を破綻なく組み立てるには、どのような手法を使ったのか興味があります。丹念な取材ノートはもちろんのこと、トリックの組み立てに使った時刻表を読み込む力、犯人・被害者の行跡にはカード類を使って大きな机または床に並べ、時系列・場所を確認したのか、興味がつきません。
釘を1本も使わず組み立てた木造の大伽藍が、現代ではコスト的に折り合わず建築できないと思いますが、それに似ているかもしれません。我々凡人読書家はただただ見上げるしかありませんね。
数年たってまた再読したくなったら、
(1)解決したと思われる事件の構図
(2)鬼貫の推理(時系列)…最初からは全貌がわからない
(3)鬼貫が推理して完成した事件の全貌
という3本のラインをエクセルで作成していけばより作品の理解が高まるのではと思います。
作品の舞台設定は1949年。戦争の余燼がくすぶる情景描写は見事であり、作者の深い教養が作品の随所に見られます。また鬼貫を始めとする登場人物の造詣も見事です。何回も再読できるのは当方のミステリー下手によるトリック未解明だけではないようですね。
時代はスマホも新幹線もない時代で、移動手段は鉄道で、1949年は東京・大阪間の特急「つばめ」が復活しておらず、9時間強かかったようです。
<ちょっと疑問点>
・70kgを超えるトランクを一人で運ぶ場面があるが運べたのか?
・アリバイのキーとなる名刺の指紋をとっていない
・服毒自殺した薬物の入手経路を探っていない
<小林信彦さんのオヨヨ大統領シリーズにパロディとして登場してます>
(オヨヨ大統領シリーズそのものがすでに古いか?)
「アリバイ破りの鬼面ときいただけで、たいていの犯人は落ちたものだがな」
鬼面は内ポケットから小型の時刻表を出してみせた。
「これ一冊あれば、どんな事件でも、解決してみせる」
P45
『大統領の晩餐』(小林信彦著、早川書房、1972年)
<『週刊文春』のミステリー番付>(過去2回開催)
『黒いトランク』は85年版8位、2012年版11位。
2012年版
順位
著者
タイトル
年
前回
1
横溝正史
獄門島
1947
1
2
中井英夫
虚無への供物
1964
2
3
島田荘司
占星術殺人事件
1981
21
4
夢野久作
ドグラ・マグラ
1935
6
5
宮部みゆき
火車
1992
-
6
松本清張
点と線
1957
3
7
天藤真
大誘拐
1978
12
8
綾辻行人
十角館の殺人
1987
-
9
京極夏彦
魍魎の匣
1995
-
10
横溝正史
本陣殺人事件
1946
7
11
鮎川哲也
黒いトランク
1956
1985年版
順位
著者
タイトル
年
1
横溝正史
獄門島
1947
2
中井英夫
虚無への供物
1964
3
松本清張
点と線
1957
4
坂口安吾
不連続殺人事件
1947
5
小栗虫太郎
黒死館殺人事件
1934
6
夢野久作
ドグラ・マグラ
1935
7
横溝正史
本陣殺人事件
1946
8
鮎川哲也
黒いトランク
1956
9
連城三紀彦
戻り川心中
1980
10
高木彬光
刺青殺人事件
※参考資料です。
<日本経済新聞 ミステリー国の人々 有栖川有栖>
(27)鬼貫警部 鮎川哲也 熾烈な頭脳戦、執念で制す
2016/7/3付
何の座談会だっただろうか。鮎川哲也の『黒いトランク』の話になった時に、私がそれを評して「世界一好きなミステリー」と言ったら――。
鮎川哲也研究の第一人者でもあるミステリー評論家の山前譲さんはそれを受けて、「じゃあ、僕は『宇宙一好きなミステリー』だ」とおっしゃった。まるで小学生のやりとりだ。
『黒いトランク』は鮎川哲也の代表作。名作という評価の定まった、いわゆる〈ガチガチの本格ミステリー〉である。テーマは鉄壁のアリバイ崩し。
1956年7月に発表されたので、今月でちょうど60周年ということになる。物語が幕を上げるのは、まだ戦争の記憶が生々しく残る1949年12月10日。
福岡県から東京・汐留駅に届いたトランクが異臭を放っているとの通報を受け、駈(か)けつけた警察官が開けてみると男の死体が詰め込まれていた。発送した人物を調べると、不審な死を遂げていることが判(わか)り……。
警視庁の鬼貫(おにつら)警部(姓だけで名は不詳)は、休暇を取って九州に赴く。被害者がかつての友人で、その妻の由美子は若き日に想(おも)いを寄せた女性だった。
問題のトランクがいつ誰によって発送されたかを追うと、複雑な動きをしていた。のみならず、まったく同じ形の黒いトランクの存在が判明し、2つのトランク(Xトランク、Zトランクと命名される)はもつれるように移動している。
やがて容疑者が絞られるが、その人物には堅牢(けんろう)なアリバイがあった。中身不明のXトランクに接触できても、死体入りのZトランクを汐留駅に向けて発送する機会がないのだ。
鬼貫は捜査のために東奔西走。アリバイを検証するために時刻表が何枚も作中に挿入される(同じ趣向を採用した松本清張の『点と線』の連載が始まるのは、この翌年2月)。
どれだけすごいトリックなのかは、読んでお確かめいただくしかない。私は何回読み返しても「人間の頭脳って、ここまで考えられるのか」と感動してしまう。
アリバイ工作が巧緻を極めているだけではなく、その崩し方も溜(た)め息が出るほど美しい。何かを見て「あっ!」とトリックを連想するという場面がミステリーにはよくあるが、そんな直感ではなく、さりげない伏線を端緒に論理的に解いていくのである。
アリバイ崩しであれ犯人当てであれ、ミステリーの謎解きはしかるべき〈切れ込み〉から鮮やかに裂けるのが理想で、その〈切れ込み〉を創るには匠の技が要る。その点でも『黒いトランク』は申し分がない。
と熱くなってしまうのは、この面白さをお判りいただきたいから。当節は、「アリバイ崩しって、トリックが判っておしまい、という結末が見えているから驚きがない」とか「時刻表を見るのが苦手」という声をよく聞くが、そういう人こそ読んで新たなミステリーの面白さに出合っていただきたい。
「意外な結末に驚いた」だけが醍醐味なら、ミステリーは単なる〈読むびっくり箱〉だ。それだけのものなら、私はとっくに飽きている。
また、時刻表を見るのが苦手なら、いちいち参照しなくてもいい。とりあえず、東京と九州の位置が判っていればOK。
『黒いトランク』は精密にできているから、ぼーっと読み流すと筋が判らなくなる小説で、ある程度の集中を要求されるが、そんなことは映画やドラマでもよくあるし、登場人物がいっぱい出てくる小説よりはずっと読みやすい。
青春の傷みを感じながら執念の捜査を見せる鬼貫は、物静かで粘り強く、ストイックな中年刑事だ。戦前、満洲の国際都市ハルビンの警察に奉職していた時の上司はロシア人で、彼はロシア語ができる。クラシック音楽とココアを愛し、くたびれたリアリズムの刑事とは無縁。
スマートな伊達(だて)男に描かれていないのに、私はこんなカッコいい警部を他に知らない。世界のどこへ持って行っても通用する〈名探偵〉だ。
何故こんなにカッコいいのかと言えば、取りも直さず解明するトリックの出来映(できば)えが素晴らしいからだ。彼が相対するのは偽装アリバイなので、事件はいつも計画殺人である。ここが大きなポイントだ。
巧妙な計画殺人を盛り込むと、えてして作り物っぽさが出て現実味は低下しがちだが、本格ミステリーでは探偵と犯人の対決色が鮮明になり、熾烈(しれつ)な頭脳戦が描けるのである。(犯人から鬼貫への手紙に曰(いは)く「君に智恵の戦いを挑んだ」!)。
私は、この形が〈本格ミステリーの華〉だと考えている。「あれは面白かったなぁ」とあなたの心に残る本格ミステリーの名作を思い出してみたら――あれもこれも、計画殺人なのではありませんか?