2019年2月9日土曜日

[惹句どんどん] 大友博(音楽ライター) クラプトンのギターの革新性



「モズライト」と「テケテケ」から、
「レスポール/ストラトキャスター」と
「キュイーン」へと変化を遂げたのだ。


クラプトンの伝記映画『12小節の人生』公開に合わせて旧刊ですが新書版の『エリック・クラプトン』(光文社文庫、大友博著、2011年)を読書中。

クラプトンのギターの特徴をうまく表現している文章がありましたので紹介します。
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P15

一般の日本人がエレクトリック・ギターを手にし、普通の若者たちがエレクトリック・ギターを核にしたバンドを組んだりするようになったのは、60年代半ばのことだ。ベンチャーズ初の本格的な来日公演と、テレビ番組『勝ち抜きエレキ合戦』の放送開始が65年だから、あの年が大きなターニング・ポイントだったと言っていい。翌年にはビートルズが武道館でコンサートを行って社会問題的な反響を巻き起こし、しばらくすると、芸能界発の動きとしてGS(グループ・サウンズ)ブームが燃え上がっている。
 
しかし、この時点での江レトリック・ギターとはあくまでも「エレキ」であり、キーワードは「モズライト」と「テケテケ」だった。(中略)69年前後から日本でもいわゆるニュー・ロックの波がそれなりにきちんと紹介さされるようになり、前述のとおり70年から71年にかけて、大物ロック・アーティストが日本にもやってくるようになった。時を同じくして、高嶺の花だったギブソンやフェンダーのギターも、とりあえず日本製のコピー・モデルという形ではあるものの、数万円で入手できるようになっていた(もちろん現在の数万円とは価値がまったく違うけれど)。これで「エレキ」はようやくエレクトリック・ギターと呼ばれるようになり、キーワードは「モズライト」と「テケテケ」から、「レスポール/ストラトキャスター」と「キュイーン」へと変化を遂げたのだ。(中略)。

ロック・ミュージックの概念や聴き方、エレクトリック・ギターとのつき合い方が劇的に変わろうとしていたそのターニング・ポイントに、新しいタイプのスターとしての地位を確立し、さらにはあの端正な顔立ちと抜群のファッション・センスで、日本人の心をつかんだエリック・クラプトン。彼こそは、ベンチャーズやビートルズ、あるいはGS系のグループとはまったく違う形でギタリストへの憧れを抱かせた最初で最大のスターと言えるだろう。

『エリック・クラプトン』(大友博著、光文社新書、2011年)