「どうして同じ本が三冊もここにあるのですか?」と尋ねると、
彼はにっこり笑って言った。
「みんなにそれと同じ質問をしてもらいたいからさ。そうすれば、
ぼくはこの小説(『細雪』)がどれほど素晴らしいか、
相手に説明することができる。
そしてもし相手がこの本に興味を持てば、一冊進呈することもできる」
谷崎について少し個人的なことを書かせていただく。僕が三十代半ばで「谷崎賞」を受賞したときには、谷崎夫人の松子さんは高齢だったがまだお元気で、受賞式にお見えになったとき、わざわざ僕のところへ来られ、受賞作の『世界の終わりとハードボイルド・ワンダーランド』のことを、「ずいぶん面白く読ませていただきました」と褒めてくださった。谷崎は僕の敬愛する作家でもあり、光栄に思ったことを覚えている。
また僕が初めてニューヨークの「ザ・ニューヨーカー」本社を訪れたとき、当時の編集長の氏が僕を連れて社内をぐるりと案内してくれた。そして最後に自分のオフィスに戻ったのだが、書棚に谷崎の『細雪(The Makioka Sisters)』が三冊並んでいるのに僕は気づいた。同じ本が三冊も並んで置かれているのだ。僕が「どうして同じ本が三冊もここにあるのですか?」と尋ねると、彼はにっこり笑って言った。「みんなにそれと同じ質問をしてもらいたいからさ。そうすれば、ぼくはこの小説がどれほど素晴らしいか、相手に説明することができる。そしてもし相手がこの本に興味を持てば、一冊進呈することもできる」
この言葉を聞いたら、谷崎はきっと喜んだことだろう。
『ペンギン・ブックスが選んだ日本の名短編29』(ジェイ・ルービン編、村上春樹序文、新潮社、2019年)
※英語版にも村上春樹が序文を寄せている。画像はペーパーバック版。引用文はすべて村上春樹さんの文章です。
