先日参加したハチドリ舎のイベント関連で読んでみましたが、
途中で挫折。スミマセンでした。勉強不足です。
<内容紹介>新潮社のサイトより
「いいですとも。あした、晴れるようならね」スコットランドの小島の別荘で、哲学者ラムジー氏の妻は末息子に約束した。少年はあの夢の塔に行けると胸を躍らせる。そして十年の時が過ぎ、第一次大戦を経て一家は母と子二人を失い、再び別荘に集うのだった――。二日間のできごとを綴ることによって愛の力を描き出し、文学史を永遠に塗り替え、女性作家の地歩をも確立したイギリス文学の傑作。
読む人びととしての『灯台へ』
鴻巣友季子
ヴァージニア・ウルフはリアリズムのありかたを一変させた。作者がある人物を読者に「説明」するのではなく、その人の「目」を読者にじかに与える手法をとった。『灯台へ』でその技法はある意味頂点に達したと言えるだろう。
この小説の中にウルフが潜ませたのは、自身の読書論である。ウルフには読書の意義について論じた『一般読者』という評論書もあるが、それが理論編なら『灯台へ』は実例編と言えるかもしれない。人びとの本との接し方から人物像や心情がリアルに浮かびあがるように書かれているのだ。
まず、大学教授であり、著名な哲学者であるラムジー氏の本の読み方はなかなか特徴的だ。その姿は子どもたちからはこんな風に見えている。父が「あの本に没頭しているのはたしかで、たとえばいまみたいに一瞬顔をあげることもあるけど、それはなにかを見るためではなくて、頭を整理して考えをより明確にするためなのだった。それが済むと、心は本のなかへ帰ってゆき、また読書に没頭しだす」。
これはロラン・バルトが「読書のエクリチュール」に書いた「顔を上げながらする読書」そのものだ。「ある本を読んでいるときに、興味が持てないからではなく、むしろ逆に、思いつきや刺激、連想の波が押し寄せてきて、読書の途中で絶えず立ち止まるというようなことがかつてなかったであろうか。一言で言えば、顔を上げながら読むということがなかったであろうか」(『言語のざわめき』所収、花輪光訳)
また、ラムジー氏の弟子筋で若手研究者のチャールズ・タンズリーの読書も知識人のそれだ。自意識が強い。たとえば、ラムジー氏の旧友のウィリアム・バンクスがある歴史ロマンス小説を褒めると、すかさずこき下ろしにかかる。はっきり言ってモテないタンズリーはラムジーの娘に相手にされない八つ当たりで、好感度抜群の中年男性バンクスにマウントをとろうとしているのだ。が、横で見ているラムジー夫人には、タンズリーは難しい話をするけれど、結局、「ぼく、すごいだろう」という自己アピールをしたいだけなのだとばれている。ウルフの鋭利な人間観察が光る場面だ。
一方、タンズリーと対照的なのはポール・レイリーという青年だ。晩餐の席でラムジー夫人に、子どもの頃好きだった本の話を訥々とするのだが、二人とも文学には疎いので、「えーと、あれです」「あの登場人物の名前……」「なんでしたっけね」という感じで、みごとに盛り上がらない。タンズリーであれば気のきいた話の一つもできるのだろうが、とラムジー夫人は思いつつ、純粋に好きな本の話をしているポールを愛おしく思う(ちなみに思いだせない本とは『アンナ・カレーニナ』だった)。
ラムジー家の子どもたちはどうだろう。六歳の末っ子ジェイムズは、厳めしい父に抵抗する砦のような存在として使っている。「ジェイムズは本のページに一心に見入っていたら、父をやりすごせるんじゃないか」と思っているのだ。あるいは、「なにか単語を指さすことで、母さんの関心をとりもどせないかと」。けなげで泣けてくる。
その母のラムジー夫人は、自分でまだ本が読めない幼いジェイムズのために本を読み聞かせてやるのだが、彼女は本を読むことに何とも言いがたい倦怠感を感じている。この箇所の洞察は多くの女性読者に響くのではないか。
「肉体的な疲労とは出所の違う、なにかうっすらと不快な感覚がまじっているのに気づいた。『漁師と女房』という童話を読み聞かせてやりながら、夫人がその不快の元を正確につかめていたかといえば、そうではない」
その正体とは何か。「つまり――自分は夫よりすぐれているなどと、一瞬たりとも思いたくない。……大学も世間もあの人を必要としているし、あの人の講義、著作、それらが最重要の位置にあること――そうしたすべてを一瞬たりとも疑ったことはない」と思い込みたいのだが、世間的にはあそこの家は奥さん頼みだよね、といった風評が立っているのだ。それが不安なのだけれど、不安一色でないところがこのラムジー夫人像の新しさだ。
最後に、ウルフの人物造形の斬新さを。ラムジー夫人は古風で控え目な「家庭の天使」とみなされてきたが、実は自分の知性や才能に自覚的で、むしろ今っぽい女性だと思う。夫を立てようと気遣いつつ、自分が注目されて賞賛されるのも大好き。八人の子持ちにして、老年にも中年にも若者にもモテまくり、女性にも恋される。でも、ときには虚無感と孤独を覚え、子どもたちを寝かしつけると、家族に尽くす以外の自分って存在するのかしら? と考えたりするのだ。
夫人は子どもがみんな学校に上がったら、事業をやりたいなどとも考える。スカイ島には病院がないから、病院経営を手がけたい。清潔な牛乳を各家庭に配達するために酪農業もやりたい。名のある学者と結婚して子どもを育てながら、恋心も忘れず、美貌で夫をいつもドキドキさせ、五十代にしてキャリアパスをつくっていきたいと夢見るラムジー夫人。今なら、女性雑誌で憧れの的になっていそうだ。
(こうのす・ゆきこ 翻訳家)
波 2024年10月号より
ウルフ 1882‐1941
Adeline Virginia Woolf
イギリスの女流小説家,批評家。ロンドンのケンジントンに文学者レズリー・スティーブンの第4子として生まれ,文学的な環境に育ち,自宅で教育を受けた。1904年,父の死後ブルームズベリーに移り住み,いわゆるブルームズベリー・グループの一人として,《タイムズ》文芸付録などに執筆するようになった。05年ころからすでに神経症に悩んでいる。L. ストレーチーとの恋愛が不調に終わったのち,12年,セイロンの官吏の職を辞して急遽帰国したレナード・ウルフと結婚。彼は生涯,神経症に悩むこの天才小説家のよき伴侶であった。処女作《船出》(1915)と《昼と夜》(1919)は伝統的な小説といってよいが,第3作短編集《月曜日か火曜日》(1921)と,心理の動きを主として青年の一生を描いた《ジェーコブの部屋》(1922)では,内面世界に執着する独特の作風がはっきりと表れている。政治家夫人の一日の生活を背景にし,その意識を中心に据えることによって諸人物を巧みに描いた《ダロウェー夫人》(1925)と,父の投影の濃い哲学者一家の生活を心理的に描いた《灯台へ》(1927)により,いわゆる意識の流れに重点をおく内面描写と,それを表す詩的文体を完成した。この間,神経症の治療と自作の発表機関をつくるため,1917年手刷り印刷機を買い,夫とともに小出版社ホガース・プレスをつくり,マンスフィールド,T. S. エリオットの作品も出版した。次いで,エリザベス朝で16歳の少年,20世紀には36歳の女性という両性具備の主人公の形で,彼女の内的世界を表現した《オーランドー》(1928),男女6人の内的独白のみを連ねたきわめて象徴的な作品《波》(1931),比較的伝統的な形で中流階級の一家の18世紀から現在に至る姿を描いた《歳月》(1937),《幕間》(1941)などを完成したが,第2次大戦中の41年3月入水自殺した。
彼女はまた第1次大戦後の文学の理論的旗手として,人間の内面,その魂を直接描くことを主張し,《普通の読者》2巻(1925,32),《大佐の死床》(1950),《花コウ岩と虹》(1958)などにまとめられた文芸評論を発表しているが,男女問題についても,《私自身の部屋》(1929),《三ギニー》(1938)などの先駆的名著がある。なお夫レナードが抜粋編集した《作家の日記》(1953)は,彼女の作家的発展をよく示すとともに精神病理学的にも貴重である。 鈴木 建三
(C) 1998-2002 Hitachi Systems & Services, Ltd. All rights reserved.
