国木田独歩の「忘れえぬ人々」(1898)はメタ・フィクションというか、小説の中にもう一つ小説を押し込んだ形の小品ながら読後感の印象の強い作品で、なんと『世界大百科事典』に単独項目として採用されている、この本の中では文壇史的に重要な作品でした。
この時代は若干漢文表現が小説の日本語に残っていたようで、所々に漢文の言い回しが出てきます。
村上春樹さんの解説によれば「森鴎外や夏目漱石とだいたい同世代の明治時代の作家だが、「文豪」と呼ばれるその二人に比べれば、マイナー・ポエト(minor poet)という印象が強い。ロシア文学における(トルストイやドストエフスキーに対する)ツルゲーネフのような存在であるかもしれない」というように渋い作家・作品です。
「ケンブリッジ・サーカス」(2004)の"circus"は円形になっている交差点で、近隣にケンブリッジ大学があります。曲馬団の「サーカス」も同じスペルです。柴田さんは紹介するまでもなく東大教授で英米文学翻訳家の大家、村上春樹さんの翻訳の師匠筋にあたる著名な方です。この作品はエッセイと小説の間のような短いスケッチ。自身の留学時代の挿話をパラレル・ワールド仕立てにして楽しんでらっしゃいます。
忘れえぬ人々
わすれえぬひとびと
国木田独歩の短編小説。1898年(明治31)4月,《国民之友》に発表。溝口(みぞのくち)(現,川崎市)の旅館亀屋で,無名の文士大津が,たまたま泊まりあわせた画家の卵秋山に物語る形式となっている。大津には,親兄弟や先生と違って忘れても義理を欠くわけでもないのに,妙に忘れられない何人かの人々がいる。瀬戸内海通いの汽船の甲板から見た寂しい小島の漁夫,阿蘇山のふもとで見た馬子,四国の三津が浜で見た琵琶僧などである。立身出世の妄執から解放されたとき,すべての者に対する同情の念が生まれ,人懐かしくなるというのである。山林海浜の小民に無窮の天地に孤立する人間存在を見るという,独歩文学の原点を示す作品である。 山田 博光
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武蔵野
むさしの
国木田独歩の短編小説。1898年1~2月,《今の武蔵野》の題名で《国民之友》に分載。第1小説集《武蔵野》(1901)に収められた。1896年9月から翌年4月まで当時武蔵野の面影を残していた渋谷の岡の上に住み,近郊の林や野道や小川のほとりを散歩して得た印象を新鮮な感覚で描いた作品。伝統的な松林の美しさなどではなく,秋から冬にかけての武蔵野の落葉林の美しさを中心に描くについては,文中に引用されている二葉亭四迷訳のツルゲーネフ作《あひゞき》の影響が著しい。独歩の最初の口語体小説としても,二葉亭に負うところがある。徳冨蘆花の《自然と人生》と並んで自然描写文学の傑作とされ,日本人の感受性に強い影響を与えた。 山田 博光
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国木田独歩 1871‐1908(明治4‐41)
くにきだどっぽ
詩人,小説家。千葉県生れ。本名哲夫。父専八は播州竜野藩士。明治初年,藩船で漂着した専八と銚子出身の淡路まんとの間に生まれた。幼少年期は山口県で育ち,山口中学を経て,1888年から91年まで東京専門学校(現,早稲田大学)に学ぶ。在学中,《女学雑誌》《青年思海》に投稿。またキリスト教に入信。92年,浪漫主義の同人誌《青年文学》に参加,ワーズワース,カーライルの作品に出会い,精神革命を経験した。93年に起筆した日記《欺かざるの記》は,97年まで続き,明治中期の青年の苦悩とあこがれに表現を与えた。佐伯の鶴谷学館の教師を経て,94年国民新聞社に入社。日清戦争の従軍記者として《愛弟通信》を連載。帰還後佐々城信子と知りあい,はげしい恋愛の末結婚。この結婚は半年で破局を迎えたが,このころから詩人的資質に目覚め,民友社系の《国民新聞》《国民之友》に浪漫的な詩を発表。これらは97年,宮崎湖処子,松岡(柳田)国男らとの共著詩集《抒情詩》にまとめられた。同年小説の処女作《源叔父(げんおじ)》を発表。ついで《武蔵野》《忘れえぬ人々》を《国民之友》に発表。これらを収めた短編集《武蔵野》(1901)は浪漫的色彩が強い。《牛肉と馬鈴題》(1901),《運命論者》(1903),《春の鳥》(1904)など中期作品は,やや現実的傾向を深め,好評を博した。晩年の《窮死》《竹の木戸》(ともに1908)などは,貧民の悲惨な運命を見つめ,自然主義の旗手と目された。自然賛美,人間の運命諦視の裏に小民への愛が一貫し,明治期を代表する短編作家である。 山田 博光
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柴田元幸さん プロフィール
1954(昭和29)年、東京生れ。米文学者・東京大学名誉教授。翻訳家。『生半可な學者』で講談社エッセイ賞受賞。『アメリカン・ナルシス』でサントリー学芸賞受賞。トマス・ピンチョン著『メイスン&ディクスン』で日本翻訳文化賞受賞。翻訳の業績により早稲田大学坪内逍遙大賞受賞。アメリカ現代作家を精力的に翻訳するほか、著書も多数。文芸誌「MONKEY」の責任編集を務める
新潮社のサイトより






















