おそらく映画『Perfect Days』の公開に併せて復刊させたものと思います。映画の主人公、トイレ清掃員の平山さん(役所広司)が読んでいる文庫本の一冊。アメリカの大御所、ヘミングウェイ、スタインベック、フォークナーの読者が現代日本でどの程度いるのかは不明です。当方もまったく熱心ではありません。映画化に併せて初めて読みました。中公文庫版の訳者自身による解説では日本語の語感の「棕櫚」とミシシッピ川流域に生息するcabbage palm(高さは20m、幹は1m弱)ではスケールが全く違うためタイトルに「棕櫚」は使わないほうがよいとのこと。ちょうど日本の河川と大陸のミシシッピ川の様な大河と同じ「川」という語感で理解するようなものなのでしょう。訳者解説によれば「(作中の)二つの物語ともニューオーリンズやミシシッピイ州各地にわたっている。ある人はこれを、『蚊』『パイロン』についでニューオーリンズ物第三作と分類している。」(p436)だそうです。そういえば映画の劇中場末のスナックのママ役がなぜか石川さゆりで、常連客役のあがた森魚のギターに合せて『朝日のあたる家』を歌いますが、そうですか、ニューオーリンズつながりということで納得。
出版は1939年、フォークナーが41歳の時の作品だそうです。時代背景はもちろん古びていますが、登場人物の思考回路はむしろ現代的で古びておらず、充分魅力的でありました。トイレ清掃員・平山さんに習って、同じ作品を何度でも読んでみたいですね。本書もその一冊となりそうです。
<アマゾンの解説より>
「悲しみ(grief)と虚無(nothing)しかないのだとしたら、ぼくは悲しみのほうを取ろう。」
1937年――人妻シャーロットと恋に落ち、二人の世界を求めて彷徨する元医学生ウイルボーン。(「野生の棕櫚」)
1927年――ミシシピイ河の洪水対策のさなか、漂流したボートで妊婦を救助した囚人。(「オールド・マン」)
二組の男女/二つのドラマが強烈なコントラストで照射する、現代の愛と死。
アメリカ南部を舞台に、実験的かつ斬新な小説群を、洪水的想像力で生涯書き継いだ巨人、ウィリアム・フォークナー。
本作は、「一つの作品の中で異なる二つのストーリーを交互に展開する」という小説構成の先駆となったことで知られる。原著刊行(1939)の直後、ボルヘスによってスペイン語訳され(1941)、その断片的かつ非直線的な時間進行の物語構成により混沌とした現実を表現する手法は、コルタサル、ルルフォ、ガルシア=マルケス、バルガス=リョサなど、その後のラテンアメリカ文学に巨大な霊感を与えた。
他方、現代日本の小説にも、大江健三郎(『「雨の木」を聴く女たち』)や村上春樹(『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』)、叙述トリックを用いたサスペンス小説(連城三紀彦は本作を生涯の10冊に挙げている)など、本作の影響は数多見受けられる。
また、ゴダール(『勝手にしやがれ』)、ジャームッシュ(『ミステリー・トレイン』)における言及で本作を知る映画ファンも多いだろう。
その意味では、文学のみならず20世紀カルチャーにおいて最大級の方法的インパクトを与えた、世界文学史上の重要作にして必読の傑作だといえる。
これまで日本の新刊書籍市場ではなかなか入手できなかった本作を、『八月の光』『サンクチュアリ』『兵士の報酬』などの名訳によって定評のある、加島祥造訳にて復刊する。
<著者について>
フォークナー
一八九七年アメリカ合衆国ミシシッピー州生まれ。第一次大戦で英国空軍に参加し、除隊後ミシシッピー大学に入学するが退学。職業を転々とする。地方紙への寄稿から小説を書きはじめ、『響きと怒り』(一九二九年)以降、『サンクチュアリ』『八月の光』などの問題作を発表。米国を代表する作家の一人となる。五〇年にノーベル文学賞を受賞。一九六二年死去。
加島祥造
一九二三年、東京・神田生まれ。早稲田大学文学部卒業。信州大学、横浜国立大学、青山学院女子短大にて英米文学を教える。詩人、タオイスト、墨彩画家。四七年、北村太郎、田村隆一らとともに詩作グループ「荒地」に参加。壮年期まで翻訳を中心に行い、フォークナーをはじめ百作近くを手がける。その後、英訳された漢詩によって「老子」を知り、老荘思想関係の著作を刊行。『タオ 老子』『求めない』などがロングセラーとなる。二〇一五年死去。
<新潮文庫版、アマゾンの解説>
『野生の棕櫚』(やせいのしゅろ、原題:The Wild Palms )は、アメリカ合衆国の小説家ウィリアム・フォークナーの南部ゴシック小説である。1939年に発表された。二つの物語が交錯する二重小説で、ひとつは医師である中産階級の白人男女が不倫、妊娠、堕胎のすえ、悲劇的な結末を迎える話が語られ、もうひとつは囚人である貧しい南部人が洪水に巻き込まれ、妊婦を救い、出産を助け生還する話が語られる。
ウィリアム・カスバート・フォークナー(William Cuthbert Faulkner, 本名:Falkner, 1897年9月25日 - 1962年7月6日)は、アメリカ合衆国の小説家。ヘミングウェイと並び称される20世紀アメリカ文学の巨匠であり、南部アメリカの因習的な世界を「意識の流れ」を初めとする様々な実験的手法で描いた。代表作に『響きと怒り』、『サンクチュアリ』、『八月の光』、『アブサロム、アブサロム!』など。1949年度ノーベル文学賞受賞。 フォークナーはその生涯の大半をミシシッピ州ラファイエット郡の田舎町オックスフォード(英語版)にある自宅「ローアン・オーク(英語版)」(Rowan Oak)で過ごしており、彼の作品の大部分は同地をモデルにした架空の土地ヨクナパトーファ郡ジェファソンを舞台にしている。これらの作品はオノレ・ド・バルザック的な同一人物再登場法によって相互に結び付けられ、その総体はヨクナパトーファ・サーガと呼ばれる。


