2019年6月22日土曜日

[積読立読斜読] 『とめどなく囁く』(桐野夏生著、幻冬社、2019年3月)



オリジナルは東京新聞他に連載された新聞小説(2017年8月~2018年9月)。そのせいか濃密な「性描写」も、すでに日本でも日常的な風景になった「貧困」も出てきません。毎日新聞の今週の本棚に本書が取り上げられていて(2019年6月16日付)、久々に読んでみました。米国エドガー章ノミネートの『OUT』が1997年。桐野夏生さんは1951年生まれなのでもうすぐ古希なので、作風もかなり丸くなったのかも知れません。


<出版社のサイトより内容紹介>
一番近くにいるのに
誰よりも遠い。
海釣りに出たまま、二度と帰らなかった夫。
8年後、その姿が目撃される。そして、無言電話。
夫は生きていたのか。

塩崎早樹は、相模湾を望む超高級分譲地「母衣山庭園住宅」の
瀟洒な邸宅で、歳の離れた資産家の夫と暮らす。前妻を突然の病気で、
前夫を海難事故で、互いに配偶者を亡くした者同士の再婚生活には、
悔恨と愛情が入り混じる。そんなある日、早樹の携帯が鳴った。
もう縁遠くなったはずの、前夫の母親からだった。
自分がやったことは
ブーメランのように自分に返ってくる。

<あらすじ>
塩崎早樹は41歳、資産家の克典と再婚して超高級住宅地に住む専業主婦。克典は72歳で共に配偶者を無くしている(早樹の配偶者は行方不明の後死亡(法的には失踪7年後の「失踪宣告」というのだそうです))。

ある日失踪した前夫の母親から電話があり、前夫らしき人物が現れたという。果たして夫は生きていたのか。ネタバレですが小説の最後に自らが偽装失踪した前夫からの告白の手紙で急転直下の結末となります。前半の波風のない資産家夫婦の日常から、中盤以降の夫の失踪の真実の解明部分では、今の時代らしくラインやメールの積み重ねで状況描写がされていきます。


<感想>
結末の前夫の失踪告白手紙だけでも第一級のミステリーで読む価値があります。私にはおそらく意図的に年齢を揃えられた主人公をめぐる40歳台の女性群像としても読めました。主人公の塩崎早樹が41歳。克典の長女は44歳で歯科医と結婚し神戸在住。
次女の真矢は独身41歳で都内の税理士事務所勤務。長男智典は父親のゲームソフト会社を継いで社長になり南麻布在住で軽井沢・ハワイに別荘を持つ。妻優子は41歳。もとアナウンサー。

就職氷河期の世代「アラフォー・クライシス」からは程遠い裕福な生活をするこの小説の40台の女性たちですが、小説の構成としては当然あまり幸福そうではなく、女性を中心として「囁く」ように疑心暗鬼に陥っていきます。
一番怖かったのは前夫の失踪の原因となった女性朋香さん。なんと前夫の父親の愛人で、極めて小説的技巧の理由で、前夫の愛人となり、47歳で妊娠し、全夫とともに失踪した女性です。最終的に失踪先の愛知県の自動車工場のブラジル人工員と親しくなり、子供を連れてブラジルに渡った人です。

日本には珍しい有閑マダム・ミステリーでした。挿画が最近ストーカー被害の著作『ストーカーとの700日戦争』を出された内澤旬子さんというものある種怖かったです。

最後には失踪した前夫の告白の手紙を燃やしてしまいます。


P443
燃え殻の灰は、四散した。
「あーあ、石が黒くなったじゃん」
真矢が石組に残った痕を指し示す。
「いいよ。記念だから」
早樹は焼け痕を指で触りながら言う。
「何の記念?」
真矢が驚いて問い返した。
「青春の記念から」
「よく言うよ。私たち、もう四十過ぎじゃん」
「そう、お婆さんになる節目の記念」
「私もそうだよ」
真矢が急に真剣な顔で同意したが、真矢の気持ちはわからなかった。
自分の思いも、誰にも伝わらないだろう。他人に伝わらない思いをひとつ抱えるだけで、老人になった気がするのだった。