[積読立読斜読] 『占領期カラー写真を読む ―オキュパイド・ジャパンの色』(佐藤洋一・衣川太一著、岩波新書、2023年)
本屋さんで強烈な帯の写真に惹かれて購入しました。日本の占領期におけるパーソナルな写真を発掘し整理し紹介したもので、その写真の鮮烈さに驚きます。本書では占領期になぜ鮮明な写真を撮ることが可能であったのかという疑問を、コダクローム社の歴史を丹念に追うことで解明しています。合わせてその写真はあくまで「勝者」の撮った写真であり、今日の日本人が当時のアメリカ人と同じ視点で好奇心で写真を読み取ることを戒めています。新書サイズなのでもっと大きな版で写真が見たいところです。膨大な資料をよく整理された労作と思います。
推薦文を寄せている映画監督の片渕須直さんの作品『この世界の片隅に』に強く惹かれるのは、そこに描かれている風景が「敗者」の視点から描かれていて、連合軍の撮影した「勝者」側からの映像しか知らなかった自分に新鮮だったからでしょう。
<内容紹介>岩波書店のサイトより
七〇年以上前、占領下の日本において、アメリカ人によって無数のカラー写真が撮影され、いま、それらが続々と世に出てきている。「敗者」を撮ったそれらには、当時の人々、日常、風景が、驚くほどあざやかな色とともに焼き付けられている。目を奪われてはならない。そこから何が分かるのか? 資料として活用するには?
■推薦文
白と黒の迷彩。褐色の軍用機。そうした時代を通り抜けて、女の子の服はあざやかな赤。時代をよみがえらせる色。どうやって撮られたのか。
――片渕須直(アニメーション映画監督、『この世界の片隅に』ほか)
以下は当方の読書メモです。他の人が読んでもわかりません。悪しからず。
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p22
本書にとって重要な点は、象徴的なイメージとそれをめぐる言説によって、占領期に対する心的機制が徐々に形作られ、今日に至っているのではないか、という問題意識である。人々がカラー写真を見た際に驚きの声を発するのは、形作られた占領期へのイメージに揺さぶりをかけられるからなのだ。
p40
占領期写真の三分類
オフィシャル、プレス、パーソナル
p140
本書の主役であるカラーフィルム、コダクロームにつながるものを紹介し、「高価で貴重」だと思われていたカラースライドが占領期に大量に撮影されることになった背景を明らかにしてゆきたい。
p157
アメリカでは1954年にコダクロームを現像料込みで販売することが反トラスト法に抵触するという同意審決が出されて、フィルムの価格と現像料金が切り離され、現像処理の方法が他社にも公開されたが、日本国内でコダクロームの現像が可能になるには、東京オリンピック前年の1963年まで待たねばならず、依然そていフィルムの輸入関税の高かった。それゆえポール・サイモンが"Kodachrome, they give usthose nice bright colors"(Kodachrome, 1973.邦題「僕のコダクローム」図3-7)と歌ったような、コダクロームの色彩が特徴的なアイコンとなる時代は日本にはやってこなかった(しかし、同じ歌では"I got a Nikon camera"とも歌われている)。
p159
アメリカ国内におけるカラープリントとスライドの枚数比較(図)
占領期間中を通じて(紙焼き写真は)スライドの半分以下となっている。
映像しないと見ることができないにもかかわらず、長年スライドが好まれた理由に、画質の良さと紙焼き写真の価格の高さが考えられる。
P161
カラースライドの「発見」
ここまで述べてきたように、コダクロームは最初から一般アマチュアを大きなターゲットとして販売され、年を経るごとに相対的な価格も低下し、使用者も増えて行った。その中には当然占領下の日本にやってきた進駐軍関係者も含まれていたが、彼らは不特定多数の他人に見せるための写真を撮影するプロの写真家と異なり、個人の趣味や家族の記録を残すためにシャッターを押した。それゆえ彼ら/彼女らのカラースライドは家から外に出ることはなく、日本に住むわれわれはそれらの写真を見る機会を持たないどころか、そもそもそういうものが存在すること自体知られていなかったのである。
p180
撮影者のアメリカ人たちは、占領者としての特権的な立場にいた。日本人に不躾にカメラを向けても、おおむね咎められることは少なく、異国の珍しい風景を遠慮なく撮ることができた。いかに前近代的で非衛生的な光景に興味を持ってもそこに暮らしたわけではない。写真を撮り終えれば、アメリカ本土並みに整備された家やホテルに帰り、日本からは切り離された生活に戻ることができた。
この撮る側と撮られる側の差は、われわれが今、占領期の写真に向かう態度に通底する。当時のアメリカ人が面白がったものをわれわれも同じように面白がり、被写体となった人物に苦情を言われることもなく、写真から目を離せばエアコンの聴いた21世紀の生活に戻りことができる。そのような視点を安易に共有してしまうことの危うさは、彼らが残した写真をだが享受するだけでは気づくことができないことは、強調しておきたい。
p232
コダック社はコダクロームの製造を2009年に中止したが、スライドを家庭で映写して楽しむという大衆文化は、すでにほぼ消えていた。映写される機会を失った古いスライドはそのまま眠り続け、いずれ廃棄される運命にあったが、だが、同じ時期、フィルムを高精度でスキャンしてデジタル化し、インターネット上で共有する作業が、個人レベルで可能になっていた。先に述べたように、flickにもそうした写真が数多く上がるようになり、eBayで古い写真の流通が盛んになっていったのもこの時期だ。古いメディアの退場に新しい技術の普及がオーバーラップしたことで、スライドが忘却から救い上げられたのである。











































