2020年7月6日月曜日

[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第190段 妻というものこそ、男の持つまじきものなれ。

書き写し『徒然草』継続中です。

本日は第190段。

一夫多妻制だった中世の上流階級。

女性の立場からは先進的な自由な恋愛観の発露とも読めますが?




徒然草(下)
第190段 妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ

<本文>
 妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ*。「いつも独り住みにて」など聞くこそ、心にくけれ*、「誰がしが婿に成りぬ」とも、また、「如何なる女を取り据ゑて、相住む」など聞きつれば、無下に心劣りせらるゝわざなり*。殊なる事なき女をよしと思ひ定めてこそ添ひゐたらめと、苟しくも推し測られ*、よき女ならば、らうたくしてぞ、あが仏と守りゐたらむ*。たとへば、さばかりにこそと覚えぬべし*。まして、家の内を行ひ治めたる女、いと口惜し*。子など出で来て、かしづき愛したる、心憂し*。男なくなりて後、尼になりて年寄りたるありさま、亡き跡まであさまし*。

 いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん*。女のためも、半空にこそならめ*。よそながら時々通ひ住まんこそ、年月経ても絶えぬ仲らひともならめ。あからさまに来て、泊り居などせんは、珍らしかりぬべし*。


<用語解説>
妻といふものこそ、男の持つまじきものなれ:妻ほど、男が持ってはならないものは無い。凄いことをいきなり言うものだ!

「いつも独り住みにて」など聞くこそ、心にくけれ:「独身で生活しています」と聞くと奥ゆかしいものだが、しかし、。

無下に心劣りせらるゝわざなり:もう掛け値なしに軽蔑したくなってくることだ 。

殊なる事なき女をよしと思ひ定めてこそ添ひゐたらめと、苟しくも推し測られ:特にどうということも無い女を良いと思って妻に向かえたな、とかりそめにも推測されることだ。

よき女ならば、らうたくしてぞ、あが仏と守りゐたらむよき女ならば、らうたくしてぞ、あが仏と守りゐたらむ:これが本当によい女の場合ならば、可愛がって、我が守り本尊だとばかり囲ってしまって。

たとへば、さばかりにこそと覚えぬべし:まあ、どっちにせよ喩えてみれば、その程度にしか思えないことよ。

まして、家の内を行ひ治めたる女、いと口惜し:いわんや、家の中をしっかり治めている女なんてものは、もうどうしようもない。(ここまで言うと、やっかみとしか言いようが無い。)

子など出で来て、かしづき愛したる、心憂し:夫婦の間に子供が生まれ、女が、それらを可愛りながら育てているなんてのは、もう悲しくなってくる。

男なくなりて後、尼になりて年寄りたるありさま、亡き跡まであさまし:夫が死んだら、尼になって老いていく、こうなると夫の亡き後まで情けない。

いかなる女なりとも、明暮添ひ見んには、いと心づきなく、憎かりなん:どんな女といえども、毎日毎日明けても暮れても顔を見ていたら、気にくわなくなって、面白くもなくなってくるだろう。

女のためも、半空にこそならめ:そういうことであれば、女にとっても不安で居ても立ってもいられないであろうに。「半空<なかぞら>」は中途半端で進退窮まること。

あからさまに来て、泊り居などせんは、珍らしかりぬべし:男が突然やってきて、泊まっていく、などというのは、新鮮で珍重されるのではないか。(まことに勝手な言い分)


<ポイント>
 兼好のというか、中世における上層階級の女性観のむごたらしさを端的に表している。「男女共生」思想を育てなかった仏教の一大欠点がここに凝縮されているのであろう。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure150_199/turedure190.htm

2020年7月5日日曜日

[その他] a day in the life 7月5日(日曜日)広まで2tトラックのドライブ

呉掃除に学ぶ会の倉庫


10時30分
「呉掃除に学ぶ会」の本部見学
専用の物置き場・事務所があり恵まれた環境です。
掃除道具はその都度、普通自動車バンに積み込み、という運用だそうです。

本日は2tトラックの運転練習もかねてトラックで広まで。
運転席側の窓が開かないので高速道路の料金所では大変苦労しました。


13時
28期軽音楽部
9月に内輪でライブを敢行予定。発表予定曲を一通り練習しました。
本日はフルメンバー、6名参加。


16時
ベース教室
8月下旬の発表会に向けてクイーンの"Crazy little thing called love"を練習中。
なんとか演奏はできそうですが、これにヴォーカルを乗せなければいけません。
先は長い。


18時
コストコ
ベース教室の先生がレコード再生に興味あり。レコード・プレーヤーがコストコに出てたので買い物に同伴。市販4万円台が2万円という超ディスカウント価格でした。TEAC製。


20時
広島駅お好み焼き「麗ちゃん」
通勤で電車を利用しないのでめったに行きませんが、お好み焼きを食べたくなったので。

2020年7月4日土曜日

[惹句どんどん] 映画『レイニイデイ・イン・ニューヨーク』より

このセリフがよかったです。



A Rainy Day in New York (2019)
Quotes


Terry: Time flies.

Gatsby Welles: Yes, unfortunately, it flies coach.

Terry: What's that supposed to mean?

Gatsby Welles: It's not always a comfortable trip.

[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第171段 貝を覆ふ人の、我が前なるをば措き

書き写し『徒然草』継続中です。本日は第171段。

欲張らず小さなことからコツコツと、の薦め。


徒然草(下)
第171段 貝を覆ふ人の、我が前なるをば措き

<本文>
 貝を覆ふ人の*、我が前なるをば措きて*、余所を見渡して、人の袖のかげ、膝の下まで目を配る間に、前なるをば人に覆はれぬ。よく覆ふ人は、余所までわりなく取るとは見えずして、近きばかり覆ふやうなれど、多く覆ふなり。碁盤の隅に石を立てて弾くに、向ひなる石を目守りて弾くは、当らず、我が手許をよく見て、こゝなる聖目を直に弾けば*、立てたる石、必ず当る。

 万の事、外に向きて求むべからず。たゞ、こゝもとを正しくすべし*。清献公が言葉に*、「好事を行じて、前程を問ふことなかれ*」と言へり。世を保たん道も、かくや侍らん。内を慎まず、軽く、ほしきまゝにして、濫りなれば、遠き国必ず叛く時、初めて謀を求む*。「風に当り、湿に臥して、病を神霊に訴ふるは、愚かなる人なり*」と医書に言へるが如し。目の前なる人の愁を止め、恵みを施し、道を正しくせば、その化遠く流れん事を知らざるなり。禹の行きて三苗を征せしも、師を班して徳を敷くには及かざりき*。


<用語解説>
貝を覆ふ人の:「貝おおい」というゲーム。平安末期から行われた遊び。360個のハマグリの貝殻を数人に配り、左貝(出し貝)・右貝(地貝<じがい>)の両片に分けたうえ、右貝を全部伏せて並べ、左貝を一つずつ出しながら、これと対になる右貝を多く選んだ者を勝ちとする。のちには、左右の貝を合わせやすいように、同趣の絵をかいたり、和歌を上の句と下の句に分けて書いたりするようになった。貝覆い(『大字林』より)。

我が前なるをば措きて:(下手な人は)自分の前の貝などはさておき、。他所ばかりに目配りする。

こゝなる聖目を直に弾けば:「聖目」は碁盤の対角線上に9個描いた黒点。当てようという石に向かって弾くのではなくて、この対角線上の黒点を見ながら弾けば、。必ず当たる、というのである。

たゞ、こゝもとを正しくすべし:自分の手許・近傍をしっかりとしておけ。

清献公が言葉に:中国宋の名臣趙抃<ちょうべん>という人。清献は贈名。

好事を行じて、前程を問ふことなかれ:<こうじをぎょうじて、ぜんていをとうことなかれ>と読む。今は、ひたすらよい行いに専念していればよいので、 遠い将来のことなど気にすることはない。貝覆いの極意と同じなのである。

遠き国必ず叛く時、初めて謀を求む:国内でいい加減な政治をしていれば、やがて遠国が謀反を企てるであろう。その時になって初めて謀をめぐらしても遅いのだ。

風に当り、湿に臥して、病を神霊に訴ふるは、愚かなる人なり:寒風に身を曝し、雨に打たれて病気になったからといって、神仏に祈るなどは愚か者だ。 と『本草経』に書いてあるという。

禹の行きて三苗を征せしも、師を班して徳を敷くには及かざりき:中国の夏の国の名君であったと伝えられている禹があの野蛮な「三苗」を征服したのも、大軍を還して、徳を敷いたからに他ならない。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure150_199/turedure171.htm


[その他] a day in the life 7月4日(土曜日)ギター教室と映画鑑賞『レイニイデイ・イン・ニューヨーク』

15時
地蔵通りにあるギター教室

8月末にある発表会用の曲、ビートルズの"Two of us"を練習中。
途中で拍子が変わるところで苦戦中。


19時
八丁堀の八丁座で映画鑑賞。『レイニイデイ・イン・ニューヨーク』。


ウディ・アレンの新作。1935年生まれなので今年で85歳になりますが毎年佳作を送り出し映画の制作意欲は旺盛です。

本作は製作が2017年でアメリカ非公開。ハリウッドのセクシャルハラスメント騒動にウディ・アレンも30年近く前の性的虐待疑惑を持ち出され本国アメリカでは非公開となり、日本でも騒動が下火になった今年やっと公開のようです。

NY郊外のカレッジに通うお金持ちの男女が、NYでのデートをプランしましたが、様々なアクシデントの連続で、すれ違いの一日。ウディ・アレンの大好きなニューヨークですが、今回は全編雨模様での撮影、移り気な若い男女の恋心の投影でしょうか、例によって洒落た会話を散りばめた、ウディ・アレンとNYが好きな人なら十分楽しめる佳作と思いました。

偶然であった昔のガールフレンド役、チャンを演じたセレーナ・ゴメスが魅力的で、ちょっと低い厚い声がよかったです(ロック・バンドのプロのヴォーカルだそうです)。

[積読立読斜読] 『ペンギンクラッシクスのデザイン』より ドロップ・キャップス


ペンギン・ブックスの表紙デザイン。継続投稿中です。

本日は「ドロップ・キャップス」というシリーズ。

作家の名前の頭文字のアルファベットをデザインして、共通のフォーマットに色違いで乗せた美しいシリーズ。

作品は米英問わず、古典が多いようですが、最近のカズオ・イシグロの作品も入ってます。




























[惹句どんどん] 斉藤政喜=シェルパ斉藤(バックパッカー・紀行作家)

7月4日付朝日新聞連載記事。

「フロントランナー」は紀行作家のシェルパ斉藤さんの記事。

八ヶ岳の麓のログハウスでカフェも営まれています。





里山での暮らしは曜日を使って表現できます。
月をめで、火で暖を取り、たき火を楽しむ。
川で遊び、井戸水を使い、木に囲まれ、
その日暮らしを書いて金を得て、
土も耕し、日の恵みを受けて暮らす。


[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話」』(鍵山秀三郎著、PHP、2019年)7月5日~7月8日




P120

「真に大志ある者は克(よ)く小物を勤め、
真に遠慮ある者は細事を忽(ゆるがせ)にせず」

[その他] a day in the life 7月3日(金)通っているギター教室の先生のライブ

9時~17時、マンション管理員の仕事


18時、コストコ(差し入れ購入)

ライブへの差し入れと、ベースの先生が購入を検討されているレコード・プレーヤーの価格調査。コストコは時々スポット仕入れでなんか変なものを売ってますが、このプレーヤーあなかなかよさそうです。





20時、ライブ・カフェ・ジャイブ

通っているギター教室の先生のバンドのライブ。年2回開催。

編成はベース、ドラムの3ピースのバンドです。

自分たちの技術が向上しないということで、定期的にライブを敢行。新曲に挑戦されています。

二部構成で前半はロカビリー中心のオールディーズ、後半が70年代のロック中心の選曲です。ベースは前半がダブルベース、後半がエレキを演奏されます。

ギターも前半はグレッジ、後半がフェンダーで、音が全然違います。

生の音はやっぱりいいですね。

最近はバンド・メンバーの先生、ギター教室の生徒さん間で、ちょっとしたレコード・ブームになっていて、当方が寄贈したレコードが震源地ということで、複数の生徒さんから声をかけられました。


22時、餃子屋龍(新天地店)

締めは餃子だ。



[ひとり「広島掃除に学ぶ会」] 6月29日(月)~7月3日(金)

通勤途上のゴミ拾い継続中。

月曜と火曜は都合によりバイク通勤したためお休みです。

今週は鉄板とかカニの甲羅とか不思議なゴミがありました。







[その他] 28期吉広さんの投稿 中国新聞に掲載



6月30日付中国新聞「広場」欄。

まめに投稿されてます。

短い字数で起承転結をつけて、かつ旬の話題を、というのは結構難しい。



2020年7月2日木曜日

[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第157段 筆を取れば物書かれ、楽器を取れば音を立てんと思ふ。

書き写し『徒然草』継続中。

自分の使っている廣済堂出版『書いて味わう 徒然草』は全段の書き写しでなく、もう少しで終わります。

一応二順しようかと考えてます。

二順面は煩雑になるので、毎日報告せず、まとめて報告します。


本日は157段。

いわゆる「只管打座」のすすめ。




徒然草(下)
第157段 筆を取れば物書かれ、楽器を取れば音を立てんと思ふ。

<原文>
 筆を取れば物書かれ、楽器を取れば音を立てんと思ふ。盃を取れば酒を思ひ、賽を取れば攤打たん事を思ふ*。心は、必ず、事に触れて来る。仮にも、不善の戯れをなすべからず*。

 あからさまに聖教の一句を見れば*、何となく、前後の文も見ゆ。卒爾にして多年の非を改むる事もあり*。仮に、今、この文を披げざらましかば、この事を知らんや*。これ則ち、触るゝ所の益なり。心更に起らずとも、仏前にありて、数珠を取り、経を取らば、怠るうちにも善業自ら修せられ、散乱の心ながらも縄床に座せば、覚えずして禅定成るべし*。

 事・理もとより二つならず。外相もし背かざれば、内証必ず熟す*。強ひて不信を言ふべからず。仰ぎてこれを尊むべし。


<用語解説>
賽を取れば攤打たん事を思ふ:<さいをとればだうたんことをおもう>と読む。「賽」はサイコロ、「攤<だ>」は、平安時代からの、さいころを使った遊戯の一つ。三個のサイコロを筒に入れてそのさいの目の大小で勝敗を決める単純な遊戯(『大字林』参照) 。

仮にも、不善の戯れをなすべからず:かりそめにも善くない遊びをしてはならぬ。

あからさまに聖教の一句を見れば:ほんの少しでもお経の文句などを目にすると、。「あからさま」はかりそめの意。

卒爾にして多年の非を改むる事もあり:<そつじにして・・>。(経文の教えによって)突如として長年の自分の非を改めることなどもある。「卒爾」はにわかにの意。

仮に、今、この文を披げざらましかば、この事を知らんや:<・・いま、このふみをひろげざらましかば・・>。「文」は経文のこと。いま、一本のお経をひろげてみれば、このことが分かるであろう。

散乱の心ながらも縄床に座せば、覚えずして禅定成るべし:心と体が不一致で乱れていても、座禅につけば、真理の悟りへと導かれるのである。「縄床」は座禅のための椅子の一種。

外相もし背かざれば、内証必ず熟す:「外相<がいそう>」は外に現れた心句意のこと、それが間違っていなければ、必ず心の内面も整って悟りに近づく。その意味で、前文の「事・理もとより二つならず」 であって、一つであるというのであろう。

<ポイント>
 「心更に起らずとも、仏前にありて、数珠を取り、経を取らば、怠るうちにも善業自ら修せられ、散乱の心ながらも縄床に座せば、覚えずして禅定成るべし」は、「只管打坐」の説明になっている段。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure150_199/turedure157.htm

[あの頃のレコード] "Brothers and Sisters" (1973)




"Brothers and Sisters"はアメリカのロック・バンド、オールマン・ブラザーズ・バンド通算5作目のアルバム。1973年発表。

高校時代によく聴いたアルバムです。

最近レコードを断捨離して、自分が通っているギター教室の先生に寄贈したのですが、その先生の大のお気に入りのレコードが本作です。やはりギター演奏者としては相当魅力的な演奏らしいです(当方はよくわかりません)。

さらに仕事上で関係のある内装業者の社長さんが(ほぼ同年代)自社オフィスに飾っているのも本作です。

という訳で(どういう訳か?)、レコードは教室にあるので、また購入して聴いています。

1971年にグループのリーダー格で、スライド・ギターの名手、デュアン・オールマン(ブラザーズ・バンドの兄のほう)をオートバイ事故で亡くし、本作のレコーディング中にベースのベリー・オークリーもオートバイ事故で亡くし、いわば野球で言うと、エースと4番を同時に失ったような状況で、バンド崩壊の危機の中、残った看板のツイン・ギターの片割れディッキー・ベッツ(この方も偉大なギタリスト)がバンドをまとめて完成させたのが本作です。

ツイン・ドラム、ツイン・ギター、という重厚な編成のバンドとしてロックのライブ盤史上に残る傑作、1971年のライヴ盤『At Fillmore East』、これもロックのアルバムに名盤として残る、スタジオ録音とライブ録音を同時に編成した "Eat a Peach"(1972年)の後を受けての本作ですが、主導権を握ったディッキー・ベッツがスライド・ギターも猛練習でマスターし、重厚なロックから肩の力が抜けたカントリー・ロック(=サザン・ロック)の名作として完成させました。

聴きなおしてみると、ギターの魅力はもちろんですが、新たに招聘したピアノ奏者のチャック・リーヴェルの演奏が素晴らしく、ロックの史上では空前絶後の編成、ツイン・ギター、ツイン・ドラム、ツイン・キーボードのバンドが誕生しました。

(残念ながら本作を超えるアルバムは出来ませんでした)。

演奏が主体のバンドなのでA面、B面、で7曲しか入ってません。超有名なインストルメンタルの「ジェシカ」は、やはり何度聴いても心地よいです。

B面最後の曲、"Pony Boy"の最後に低い笑い声が録音で拾っており、高校時代には気づきませんでした。何か吹っ切れた感じの再生への決意のような感じです。

アルバム・ジャケットはメンバーの子供たちで、見開きにはメンバー全員のファミリーの集合写真があります。おそらくツアーにも同行していたのかも知れません。ロックが共同体の新しい形を作るという希望に満ちた1970年代前半の気分がよく出ていますね。


<収録曲>

特記なき楽曲はディッキー・ベッツ作。

Side 1
むなしい言葉 - "Wasted Words" (Gregg Allman) - 4:20
ランブリン・マン - "Ramblin' Man" - 4:48
カム・アンド・ゴー・ブルース - "Come and Go Blues" (G. Allman) - 4:55
ジェリー・ジェリー - "Jelly Jelly" (Billy Eckstine, Earl Hines) - 5:46

Side 2
サウスバウンド - "Southbound" - 5:10
ジェシカ - "Jessica" - 7:31
ポニー・ボーイ - "Pony Boy" - 5:51



↓こちらも参照ください。

2015年7月3日金曜日
[あの頃のレコード] The Allman Brothers Band "At Fillmore East" (1971)