2020年6月10日水曜日

[惹句どんどん] 安住敦(俳人)

就寝前にぱらぱらと黙読中。『声でたのしむ 美しい日本の詩』(岩波文庫、2020年)より。

「西口東口」というところが秀逸。これが「北口南口」だったら俳句にならない。理由はわかりませんが。






しぐるるや駅に西口東口


安住敦(1907-1988)

<解説>
理屈っぽく読めば、「それがどうした」ということになりそうですが、「しぐれ」の情緒は古来日本の詩歌では長く愛されてきたもので、「駅に西口東口」の一種飄々とした味わいと結びついて、都会のしぐれの洒落た句と感じられます。

『声でたのしむ 美しい日本の詩』(岩波文庫、2020年)より。


2020年6月9日火曜日

[積読立読斜読] ペンギン・クラシック ペンギン・オレンジ・コレクション




『ヴィトゲンシュタインの箒』
『雪豹』
『エデンの東』
『クトゥルーの呼び声』











[積読立読斜読] 『要点で学ぶデザインの法則』24/30




116 3分の1の法則
117 サン・ブナンの原理
118 満足化
119 サバンナの優位性
120 スケーリングの誤解








[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第59段 大事を思ひ立たん人は、去り難く、



徒然草(上)
第59段 大事を思ひ立たん人は、去り難く、

<原文>
 大事を思ひ立たん人は、去り難く、心にかゝらん事の本意を遂げずして*、さながら捨つべきなり*。「しばし。この事果てて」、「同じくは、かの事沙汰しおきて」、「しかしかの事、人の嘲りやあらん。行末難なくしたゝめまうけて*」、「年来もあればこそあれ、その事待たん、程あらじ。物騒がしからぬやうに*」など思はんには、え去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず*。おほやう、人を見るに、少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期は過ぐめる*。

 近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ*。身を助けんとすれば、恥をも顧みず、財をも捨てて遁れ去るぞかし。命は人を待つものかは*。無常の来る事は、水火の攻むるよりも速かに、遁れ難きものを、その時、老いたる親、いときなき子、君の恩、人の情、捨て難しとて捨てざらんや*。


<用語解説>
大事を思ひ立たん人は、・・・、さながら捨つべきなり:仏道に帰依するという人生の大事を思い立ったらば、・・何もかも捨てなくてはいけないのだ。

去り難く、心にかゝらん事の本意を遂げずして:心に思っている本意を遂げなくてはなどと言っていないで、去り 難い執念をすべて捨てて、大事に向かわねばならない。1行の文の中に、入れ子になっているので、分かりにくい。

かの事、人の嘲りやあらん。行末難なくしたゝめまうけて:あの事は、人から馬鹿にされるかもしれないので、将来非難が無いようにちゃんとしておこう。

年来もあればこそあれ、その事待たん、程あらじ。物騒がしからぬやうに:今 まで長い間こうやってきたのだから、待ってみましょう。そう時間もかからないでしょうから。粗相のないようにしましょう。すべての理由が、遁世への時間を引き延ばすこと。

え去らぬ事のみいとゞ重なりて、事の尽くる限りもなく、思ひ立つ日もあるべからず:上のようなことばかり言っていると、次々と物事が重なってきて、終わることも無く、思い切って遁世する日はやっては来ない。

少し心あるきはは、皆、このあらましにてぞ一期は過ぐめる:多少なりとも思うところのあるような人であっても、大概、こうして人生が終わっていってしまうようだ。

近き火などに逃ぐる人は、「しばし」とや言ふ:近くで火事が起こったとき、まあ少しこのまま、などと言うものか。絶対に言わないで、逃げるだろう 。

命は人を待つものかは:命の方は、人を待ってはくれない。何時死ぬか分からないの意。

捨て難しとて捨てざらんや:いよいよ死が迫ってきたときに、老親・幼い子供・主人・人情などなど、捨て難いからといって捨てないでいようか、そうはいかないのだ。


<ポイント>
 前段に続いて、出家遁世の勧め。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure050_099/turedure059.htm

2020年6月8日月曜日

[積読立読斜読] 『村上T 僕の愛したTシャツたち』(村上春樹著、マガジンハウス、2020年)



村上春樹さんの新刊です。

雑誌『ポパイ』の連載記事。2018年8月号~2020年1月号。

村上春樹さんが偏愛するTシャツコレクションに関するエッセイ集。

特に高邁な思想はありません。世界的文学者になってもレコード愛とかTシャツ愛とか、たぶん少年の頃の志向がぶれてないのだと思います。

一番興味深かったのは傑作短編「トニー滝谷」が生まれるきっかけになったTシャツの話。


P7
このコレクションの中で、僕がいちばん大事にしているものは何か?それはやはり「TONY TAKITANI」Tシャツだと思う。僕はマウイ島の田舎町のスリフト・ショップ(注:中古の安売り店)でこのTシャツを見つけ、たしか1ドルくらいで買った。そして「トニー滝谷とはいったいどんな人なのだろう?」と考え、勝手に想像力を巡らせ、彼を主人公にした短編小説を書いて、それは映画にまでなった。たった1ドルですよ! 僕が人生においておこなったあらゆる投資の中で、それは間違いなく最良のものだったと言えるだろう。


選挙用のTシャツ。HOUSE Dとは、ハウスは下院、Dはデモクラット。実在するハワイ州下院議員の民主党候補。

たった1枚のTシャツから物語が立ち上がる、世界的レベルの作家の想像力はやはり常人にはうかがい知れぬところがあります。


[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第55段 家の作りやうは、夏をむねとすべし

書き写し『徒然草』継続中です。本日は著名な第55段。

自分の使っている書き写し『徒然草』は、『徒然草』の中から32段を選んであり、本日で半分ぐらい終了です。



徒然草(上)
第55段 家の作りやうは、夏をむねとすべし。

<原文>
 家の作りやうは、夏をむねとすべし*。冬は、いかなる所にも住まる。暑き比わろき住居は、堪へ難き事なり。

 深き水は、涼しげなし。浅くて流れたる、遥かに涼し。細かなる物を見るに、遣戸は、蔀の間よりも明し*。天井の高きは、冬寒く、燈暗し。造作は、用なき所を作りたる*、見るも面白く、万の用にも立ちてよしとぞ、人の定め合ひ侍りし*。


<用語解説>
家の作りやうは、夏をむねとすべし:家を作るときには、夏の住みやすさを優先して作るのがよい。

遣戸は、蔀の間よりも明し:<やりどは、しとみのまよりあかし>と読む。遣り戸の部屋は、蔀の部屋よりも明るい。「遣戸」は引き戸のこと。「蔀」は、平安時代から住宅や社寺建築において使われた、格子を取り付けた板戸。上部に蝶番(ちようつがい)をつけ、外または内側に水平に釣り上げて開ける(『大字林』より)。

造作は、用なき所を作りたる:家の造りとしては、特に要もないというようなところを作っておく、。

人の定め合ひ侍りし:人々が議論し合ったことだ。


<ポイント>
 この国の、湿潤なことを考えて家は作るべきだという。現代では、冷房装置の発達によって、兼好のアドバイスはみな忘れてしまったのであるが、これは一時代前まで定説であった。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure050_099/turedure055.htm

[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話」』(鍵山秀三郎著、PHP、2019年)6月9日~6月12日



P107
他人を押しのけ、踏み台にするような登り方は、膨張はできても成長することはありません。

2020年6月7日日曜日

[惹句どんどん] 楠木建(経営学者)



ポールの特異性は、その天才が音楽に局所化されていたということにある。

ポールの特異性は、その天才が音楽に局所化されていたということにある。音楽に関しては天才だが、その人となりや生活は、ビートルズ以前から老年の現在に至るまで、至極常識的で普通の人。普通の家庭で育ち、普通の家庭を築き、地に足のついた日常生活を刻む。決してオノ・ヨーコのようなぶっ飛んだ人とは結婚しない。


局所的天才の栄光と全身天才の悲劇

『ポール・マッカートニー ザ・ライフ』(フィリップ・ノーマン著)書評より。

著者によると、ジョンとプレスリーは全身天才で、自分の才能に押しつぶされてしまった。(ジョンはその前に暗殺された)。

『室内生活 スローで過剰な読書論』(楠木建著、晶文社、2019年)より。ご自分でバンドを組まれていてベース担当だそうです。


[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』第53段 これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて 、

書き写し『徒然草』継続中です。

本日は第53段。『徒然草』の中でも最も滑稽味が出ている段だと思います。

余興で足鼎(三本足の容器)を被ったところ取れなくなってしまった法師の話。




徒然草(上)
第53段 これも仁和寺の法師、童の法師にならんとする名残とて 、


<原文>
 これも仁和寺の法師*、童の法師にならんとする名残とて、おのおのあそぶ事ありけるに*、酔ひて興に入る余り、傍なる足鼎を取りて*、頭に被きたれば、詰るやうにするを、鼻をおし平めて顔をさし入れて、舞ひ出でたるに、満座興に入る事限りなし。

 しばしかなでて後、抜かんとするに、大方抜かれず*。酒宴ことさめて、いかゞはせんと惑ひけり。とかくすれば、頚の廻り欠けて、血垂り、たゞ腫れに腫れみちて、息もつまりければ、打ち割らんとすれど、たやすく割れず、響きて堪へ難かりければ、かなはで*、すべきやうなくて、三足なる角の上に帷子をうち掛けて*、手をひき、杖をつかせて、京なる医師のがり率て行きける、道すがら、人の怪しみ見る事限りなし。医師のもとにさし入りて、向ひゐたりけんありさま、さこそ異様なりけめ*。物を言ふも、くゞもり声に響きて聞えず。「かゝることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし」と言へば、また、仁和寺へ帰りて、親しき者、老いたる母など、枕上に寄りゐて泣き悲しめども*、聞くらんとも覚えず。

 かゝるほどに、ある者の言ふやう、「たとひ耳鼻こそ切れ失すとも、命ばかりはなどか生きざらん。たゞ、力を立てて引きに引き給へ」とて、藁のしべを廻りにさし入れて*、かねを隔てて、頚もちぎるばかり引きたるに、耳鼻欠けうげながら抜けにけり。からき命まうけて*、久しく病みゐたりけり。


<用語解説>
これも仁和寺の法師:これも仁和寺の法師に関することだが、。どうも、仁和寺はモラルハザードを起こしていたのかもしれない。

童の法師にならんとする名残とて、おのおのあそぶ事ありけるに:仁和寺に使われていた稚児の少年が、僧になるについて、俗体からの離脱を祝う祝宴を開いて余興に花が咲いたのである 。

大方抜かれず:全く抜けない。 全否定であって現代語の部分否定「ほとんど」と異なるので注意。

傍なる足鼎を取りて:<かたわらなるあしがなえをとりて>と読む。「足鼎」は3本足の付いた容器。最初は鍋釜や線香立ての類であったものが、装飾が施されて置物に発展したもの。ここでは、たまたま宴会場にあった装飾用の置物だったのであろう。

かなはで:割ろうとしたが割れなかったので。

三足なる角の上に帷子をうち掛けて:足鼎の三本の足が逆さについているので角のように見える。これではみっともないので、帷子を引っ掛けて京都の医者のところへ行ったのである。「帷子」は單衣の布の総称。

医師のもとにさし入りて、向ひゐたりけんありさま、さこそ異様なりけめ:医師<くすし>の所へ行って、向かい合っている様子などというものは、実に異様な光景であったことであろう 。

老いたる母など、枕上に寄りゐて泣き悲しめども:<おいたるはわなど、まくらがみによりいて・・>と読む。

藁のしべを廻りにさし入れて:<わらのしべをまわりにさしいれて>。 「藁のしべ」は、穂先のところの硬くすべすべして摩擦の少ない部分。これを首と鼎の金属部分の間に挿入して摩擦を軽減して抜き取ろうという計略だったのであろう。

からき命まうけて:危ういところを助かって、の意。


<ポイント>
 仁和寺の僧侶集団の失敗談が前後3段にわたって述べられている。
 ここで、京なる医師<くすし>の困惑した言葉「かゝることは、文にも見えず、伝へたる教へもなし」は、真に迫って面白い。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure050_099/turedure053.htm

[積読立読斜読] ペンギン・クラシック ギャラクシー・シリーズ


新シリーズです。

イギリスの出版社ペンギン・ブックスのペーパーバックの表紙シリーズです。

本の内容紹介も含めちょっとした事典として使えないかと思いました。

本日はSF関係の表紙です。



ペンギン・ギャラクシー・シリーズ

『デューン砂の惑星』
『2001年ウ中の旅』
『ニューロマンサー』
『闇の左手』
『永遠の王』
『異星の客』












[新聞記事] [見出しを読み解く] "Female world leaders hailed as voices of reason amid the coronavirus chaos"



6月7日(日)付け朝日新聞別冊Globe連載記事「見出しを読み解く」より。

コロナ禍の対応で世界の女性リーダーが注目されています。

対応能力を欠いた男性リーダーの国は悲惨な状況が続いています。


2020年6月6日土曜日

[積読立読斜読] 書き写し『徒然草』 第50段 応長の比、伊勢国より、女の鬼に成りたるを




徒然草(上)
第50段 応長の比、伊勢国より、女の鬼に成りたるを


<原文>
 応長の比*、伊勢国より*、女の鬼に成りたるを率て上りたりといふ事ありて*、その比廿日ばかり、日ごとに、京・白川の人、鬼見にとて出で惑ふ。「昨日は西園寺に参りたりし*」、「今日は院へ参るべし*」、「たゞ今はそこそこに」など言ひ合へり。まさしく見たりといふ人もなく、虚言と云う人もなし* 。上下、ただ鬼の事のみ言ひ止まず*。

 その比、東山より安居院辺へ罷り侍りしに*、四条よりかみさまの人、皆、北をさして走る。「一条室町に鬼あり*」とのゝしり合へり。今出川の辺より見やれば、院の御桟敷のあたり*、更に通り得べうもあらず、立ちこみたり。はやく、跡なき事にはあらざンめりとて*、人を遣りて見するに、おほかた、逢へる者なし*。暮るゝまでかく立ち騒ぎて、果は闘諍起りて*、あさましきことどもありけり。

 その比、おしなべて、二三日、人のわづらふ事侍りしをぞ*、かの、鬼の虚言は、このしるしを示すなりけりと言ふ人も侍りし*。


<用語解説>
応長の比:1311年4月28日から1312年3月までの短期間。花園天皇在位のこと。後述のように、「疫病」が流行ったので改元した。

伊勢国より:今の三重県。

女の鬼に成りたるをゐて上りたりといふ事ありて:「ゐて上りたり」とは、<率て上りたり>で鬼になってしまった(不幸な)女を連れて上京したということがあった、のだが、誰が連れてきたのかは不明。

昨日は西園寺に参りたりし:西園寺は、太政大臣西園寺實兼。この頃、権勢並びなき人物で、恨みも十分に集めていたことであろう。それゆえ、北山にあった彼の大邸宅へ、鬼は行ってほしいという願望が人々の間に渦巻いていたことであったろう。

今日は院へ参るべし:この時の院政の主は、伏見上皇であった 。これも、民衆のルサンチマンは西園寺に対すると同じであったのであろう。

まさしく見たりといふ人もなく、虚言と云う人もなし:まさに私のこの目で見ましたよ、という人もない代わりに、これは嘘話ですという人もいなかった。

上下、ただ鬼の事のみ言ひ止まず:身分の高い低いを問わず、この鬼の話で持ちきりだ。

一条室町に鬼あり:現在の京都御所北西隅。 室町幕府成立は1336年なので、まだここには無い。

安居院:<あぐいん>。京都市上京にあった比叡山竹林院の宿坊。比叡山の僧侶(この頃は今の暴力団よりひどい暴力集団であった)の京都市内の宿泊施設。ここも人々から、恨みを買うに相応しい場所だったであろう。

院の御桟敷のあたり:上皇の賀茂祭見物の桟敷で、一条室町にあった。

跡なき事にはあらざンめりとて:まんざら根拠の無いことでもなかろうと思って、筆者は、人を調べさせに現場にやったのである。

おほかた、逢へる者なし:一向に鬼に逢った者などいないのである。

果は闘諍起りて:<はてはとうじょうおこりて>と読む。あげくの果てに野次馬の間で喧嘩が巻き起こったのである。

その比、おしなべて、二三日、人のわづらふ事侍りしをぞ:歴史年表をひいてみると、1311年春には京都でインフルエンザらしい伝染病が猛威をふるったらしい。 これを「田楽病」と呼んだという。このため、年号を延慶<えんぎょう>から応長<おうちょう>へと変えたのである。

このしるしを示すなりけりと言ふ人も侍りし:この疫病の「前兆」として「鬼」が「伊勢」からやってきたのである 、と言う人もいたものだ。


<ポイント>

 「鬼」は、それを見る人の心の中に住んでいるのである。 悪政に対する民衆のルサンチマンがこういう悪質な「鬼」を生れさせるのである。

http://www2.yamanashi-ken.ac.jp/~itoyo/tsuredure/turedure050_099/turedure050.htm

[その他] a day in the life 4番目の孫のお食い初め



6月6日(土曜日)戸坂へ嫁いだ次女の次男、当方夫婦にとって4番目の孫のお食い初め(誕生100日のお祝い)。





嫁ぎ先のご両親は卓球のクラブを運営されており、自宅に卓球場があります(同じ敷地に卓球練習場・ご両親宅・次女宅が並んでます)。

当方はスポーツがまったく苦手でしたので、こんな環境で育つ子供が羨ましいです。