『オリーヴ・キタリッジの生活』でピュリツァー賞受賞のエリザベス・ストラウトの新作です。作家として成功した主人公のルーシーが30年前の入院中にイリノイの田舎町から見舞いに来た母との会話を通じて、人生を彩った人々を回想するという中編。
病院での会話だけだったら平坦な短編で終わるのでしょうが、短い章立ての、入れ子構造となった構成で、人生の機微が重層に描かれており、読後の余韻が長く続きます。
作家としての現代から、30年前の病院を振り返り、30年前の病院から、母と娘、家族の回想を振り返るという家族の物語を軸に、退院後から現在を振り返り、かつ全体が本当は小説作品だったという構造です。
終章に「でも、やっぱり、私のストーリー。これは私のもの。私の名前はルーシー・バートン。」というセンテンスを登場させタイトルを結びつける手腕はさすがです。
P16
すっかり暮らしの変わった現在なら、昔のことを思い出しては、それほどひとくなかったと考えていることがある。そうなのかもしれない。しかし、うっかり油断をすると―たとえば晴れた日の街路を歩いたり、風にそよぐ梢をながめたり、イースト川にのしかかりそうな十一月の空を見たりしていると、いきなり黒々とした深い闇の意識にとらわれて、あっと声を上げそうになり、思わず最寄りの衣料品店にでも駆け込んで、知らない人に話しかけ、新着のセーターの形がどうこうと言っている。たいていの人間は、そうやって生きていくに違いない。あり得ない記憶に見舞われて、本当はどうだったのかわからなくなっている。だが一方で、まったく怖いものなしの顔をして自信たっぷりに歩ける人もいるのだから、やっぱり人のことはわからないと思う。生きるということは、多分に当て推量でもあるようだ。
P83
その日はずっと娘たちと話がしたくなっていた。ついに我慢ならなくなり、腕につながっている管の台座を押して廊下へ出て行った。ナースステーションで電話を借りられるかと頼んだら、こっちへ押してくれたので、夫に電話をした。涙をこぼすまいと必死になった。夫は仕事中だったが、私が夫にも娘らにも会いたがるのを聞いて、これは大変だと思ったらしい。「じゃあ、シッターに電話しておくよ。子供たちが帰ったら、そっちに電話させる。きょう、クリッシーは、ほかの子と遊ぶ約束(プレイデート)になってるから」ああ、かくして人生は進む、と私は思った。(いまでも思う。人生は進む。進まなくなるまで進む)
主人公母娘はイリノイ州アムギャッシュという小さな田舎町の極貧白人家庭という設定で、本書は、奇しくもトランプ政権誕生の謎を解くカギかもしれません。入院中の窓から見えるクライスラー・ビルディングがモチーフの一つですが、アメリカ製造業の象徴ともいえるこの美しいビルは現在アラブ首長国連邦ファンドが所有しています。
[追記]2023年5月15日(月曜日)
朝日新聞初の女性「天声人語」氏によって本書が取り上げられました。

