2017年4月1日土曜日

[惹句どんどん] 村上春樹『騎士団長殺し』


『騎士団長殺し』は未明の火事によって永遠に失われてしまったが、
その見事は芸術作品は私の心の中に今もなお実在している。

私は騎士団長や、ドンナ・アンナや、顔ながの姿を、そのまま目の前に
鮮やかに浮かび上がらせることができる。手をのばせば彼らに触れることが
できそうなくらい具体的に、ありありと。

彼らのことを思うとき、私は貯水池の広い水面に降りしきる雨を眺めているときのような、どこまでもひっそりとした気持ちになることができる。私の心の中で、その雨が降り止むことはない。

私はおそらく彼らと共に、これからの人生を生きていくことだろう。そしてむろは、
その私の小さな娘は、彼らから私に手渡された贈りものなのだ。恩寵のひとつのかたちとして。そんな気がしてならない。

「騎士団長はほんとうにいたんだよ」と私はそばでぐっすり眠っているむろに向かって話しかけた。「きみはそれを信じたほうがいい」

<第2部終わり>