2023年3月8日水曜日

[積読立読斜読] 『髙田明と読む世阿弥』(髙田明著、増田正造監修、日経BPマーケティング刊、2018年) 



 縁あって参加している毘沙門台にあるカフェダスティ―アーツ読書会。3月の課題本は『風姿花伝』。本題は一子相伝の芸術論で、正直一般人が読んでもピンときません。関連本から搦手で読み進んでいます。能に理解が高い経営者も多いようでジャパネットたかたの創業者高田明さんもその一人。『風姿花伝』は転勤の挨拶に来た社員から勧められたそうで、素直にすぐ読書するのが凡庸な経営者との違いでしょうか。本書は『風姿花伝』から後付けで自分の経営者としての「履歴書」を語った異色の書。解説に脳研究の第一人者、増田正造さんを得て、お手軽ビジネス本とは一線を画する良書となっています。


内容紹介とレビューはよくまとまっていましたので、ebookから無断引用しました。


https://ebookjapan.yahoo.co.jp/books/450842/A001857257/



<内容紹介>

昨日の自分を超えていく――。ライバルは「昨日の自分」。他人と自分を比べず、「自分史上最高」を全力で追う。ただそれだけでいつか自分がなりたいと思う自分になれる。ジャパネットたかたの創業者・高田明がいつも頑張っているあなたに伝えたい成長のルールとは。誰かと自分を比べて息苦しく感じている人、伝えたい思いが相手に伝わらないと悩んでいる人に。「人生100年時代」を最後までわくわくと力強く生きるヒントを与えてくれる1冊。不遇の時代をいかに過ごし、絶頂のときにいかに慢心を抑えるか。他人の評価に一喜一憂することなく、ただ、ひたすらに自分の夢を追い続けるための心構えとは何か。外見を飾り立てるのではない、内面からにじみ出る人の美しさとは何か――。ジャパネットたかたの創業者、高田明氏が600年の時を超えて出会った盟友が世阿弥。能を大成した世阿弥の名言「初心忘るべからず」「秘すれば花」などを高田流に読み解き、現代人に役立つエッセンスを紹介。ビジネス誌「日経トップリーダー」の連載「高田明と読む世阿弥」を再構成し、大幅に加筆。能研究の第一人者、増田正造氏が監修し、初心者も楽しく読めて内容の濃い解説4編を寄せる。



2018/11/10

「伝えることから始めよう」に引き続き、高田明氏の著書。

高田氏の考え方を世阿弥に照らし合わせているので、とても面白く勉強になる。


メモ


1.積み重ねる

■現状を受け入れるほか道はない

「平戸じゃなきゃ商売できない」「あのお客様がいなければ利益が出ない」といった特定の考えに固執していたら、環境が変わった時に身動きが取れなくなる。

外部環境に変化が起きたら、「自分でどうにかできること」に集中する。


■昨日の自分より、今日の自分

自分自身の中に課題を見つけ、修正する。

自分でやり続ければいいだけなので、誰かと比較する必要がなく、優越感や劣等感を持つ必要がない。


2.伝える

■相手の心を解きほぐす間

言いたいことを熱弁するだけでは、相手の心までは届かないもの。


■あなたの常識は、誰かの非常識

お客様の気持ちを理解できなかったら、ビジネスは決して成功しない。

仕事、家庭、どんな世界でも離見の見の視点を持ち、独りよがりにならない努力を続けていくことが成長の条件。


■やみくもにオリジナリティーを追求すると空回りする

熟練者がどういう意図で行っているか理解する。

そこで初めて自分なりのアイデアが湧いてくるが、この過程を踏まずにやみくもにオリジナリティーを追求しても大抵は空回り。

先人から、歴史から学ぶ。

ビジネスの世界も同じ。


■自己評価が高くても低くても駄目

傲慢でも謙虚すぎても駄目。

自己評価を正当にできない人は成長できないから。

自分の姿が正しく分かっていると、自分に足りない点を理解し、それを補うための努力ができる。


3.変える

■あなたは誰にそれを伝えたいの?

どこの放送局で流れるのか

流れる時間帯はいつか

見ている視聴者は年配の人か若い人か、男性か女性か

社会情勢

当日の天候

といった前提条件によって効果的な紹介方法は変わる


■相手の期待を越えていく

明かしてしまえば何でもないようなことでも、秘密にしておくことで価値が上がり、効果も格段に増す。


4.つなぐ

■分かる人だけが分かればいいのか

どこで演じようと常に観客を満足させてこそ名人。

幅広い人気がないようでは本物とは言い難い。


■永続に求められるのは、不易流行の実践

不安と期待をはかりにかけて、期待が少しでも不安を上回るならやらせてみる。

新しいことにチャレンジするときに不安は付き物。

やるかやらないか躊躇してしまうことがあったらこの言葉を思い出してみる。

2023年3月5日日曜日

[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話』(鍵山秀三郎著、PHP研究所)3月1日~3月7日




 









[新聞広告] 和菓子歳時記 三月 のし雛 <のしびな>

 毎月新聞の片隅に掲載される和菓子屋さんの小さな広告に季節を感じます。

当家もひな人形を出しました。






雛人形  

ひなにんぎょう 


雛祭に飾る人形。節供人形ともいう。平安時代には,小さな紙人形でままごと遊びをする〈ひいな〉遊びがあった。またこれとは別に,季節の変り目に神に供御(くご)(飲食物)を供えて身体の安泰を願う信仰があり,それを節供といった。3月上巳(じようし)(最初の巳(み)の日)には,紙や植物でつくった形代(かたしろ)で身体をなでて穢をはらい,それを水に流して神送りする行事があった。この〈ひいな〉遊びと〈かたしろ〉信仰とがとけ合い,しだいに雛人形の原型がつくられていった。

 雛人形という名称は江戸時代になって生まれたもので,当時泰平の世相を迎えて3月の節供が盛んになり,雛祭が一般化して3月3日の行事に定着した。その流行につれて,行事に飾る人形も発達し,さまざまな雛人形が生まれた。雛祭は,江戸中期ころまでは〈雛遊び〉と呼ばれていた。これは神遊びのことで,神を迎えてまつり,男女の健やかな成長を願い災厄をはらう祭りと考えられていた。江戸中期から,女子の初節句を祝う行事となって,雛段に飾る雛人形の贈答も盛んになった。雛段がまだ一般化されない以前には,毛氈などの上に紙雛と内裏雛だけを並べるのがほとんどであったが,段飾が様式をととのえてくるにしたがい,江戸末期には雛段の最上段に内裏雛を置き,階下の段に付随する諸人形を飾った。雛人形はこの雛段に飾る人形の総称である。江戸末期以後,江戸では京都形式の官女,随身をとりいれ,これに江戸式の五人囃子(ばやし)を加えたものを決りの雛人形とした。現在もこの形式にならい,内裏雛(2人),官女(3人),五人囃子(5人),随身(2人),衛士(3人)の5種類を,〈きまりもの〉十五人濫いとしている。江戸初期の雛遊びには,手づくりの紙雛を飾った。〈ひいな〉のおもかげをもつもので,立姿から立雛ともいった。これに続いて裂(きれ)製の坐雛が登場した。内裏雛と呼ばれるもので,男雛は衣冠束帯,女雛は十二単姿で,内裏(宮中)の天皇皇后になぞらえたのでこの名がついた。紙製の立雛は,男雛が烏帽子に小袖,袴,女雛は小袖に細幅の帯姿で熨斗(のし)形をしている室町風俗を写したものであったが,内裏雛が流行してくると紙雛はしだいに添えものとなり,内裏雛に首座を譲った。内裏雛は寛永雛,享保雛,次郎左衛門雛,有職(ゆうそく)雛,古今(こきん)雛など美術工芸的にも優れた作品が続出した。江戸幕府はその華美に対してしばしば製作の禁令をだした。京都の典雅な次郎左衛門雛と並び,江戸製の写実的な古今雛に人気があった。現在の雛人形はこの古今雛の型をうけてつくられている。その他,全国各地に土,張子製などの雛,節供人形が郷土玩具として存続している。雛人形類を売買する市は江戸初期からみられ,雛市と呼ばれた。雛人形を飾る雛祭行事は,日本独特の人形遊び行事であり,明治以後全国的に普及した。⇒流し雛

                        斎藤 良輔


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[その他] 3月5日(日曜日)呉掃除に学ぶ会(堺川周辺街頭清掃)

 3月5日(日曜日)は呉掃除に学ぶ会の活動で堺川周辺の街頭清掃に参加しました。本日は公園で忘れ物のデイバッグを拾い交番に届けたため、ほとんどゴミを拾う時間がありませんでした。酔っぱらって忘れて帰られたようですが、中に財布・スマホ・マイナンバーカード・ゆうちょ通帳があり、かなり慌てられたのでは。交番で受付作業中に本署に名乗り出られたようで落とし主には無地帰る予定です。





2023年3月4日土曜日

[惹句どんどん] アンガス・ヤング(AC/DCのギタリスト)

 『「仕事ができる」とはどういうことか?』(楠木健・山口周著、宝島社新書、2021年)より。敬愛する経営学者にしてアマチュア・ロック・ミュージシャンである楠木先生の引用より。(枚数を間違っていて先生は12枚と13枚と覚えておられました)。




“I’m sick to death of people saying we’ve made 11 albums that sound exactly the same, In fact, we’ve made 12 albums that sound exactly the same.”

[一日一禅] 百花春至為誰開 [ひゃっかはるいたって たがためにかひらく] 誰(た)がためにあるわけではない、あなたの人生です。

 



[積読立読斜読] 『占領期カラー写真を読む ―オキュパイド・ジャパンの色』(佐藤洋一・衣川太一著、岩波新書、2023年)

 [積読立読斜読] 『占領期カラー写真を読む ―オキュパイド・ジャパンの色』(佐藤洋一・衣川太一著、岩波新書、2023年)




本屋さんで強烈な帯の写真に惹かれて購入しました。日本の占領期におけるパーソナルな写真を発掘し整理し紹介したもので、その写真の鮮烈さに驚きます。本書では占領期になぜ鮮明な写真を撮ることが可能であったのかという疑問を、コダクローム社の歴史を丹念に追うことで解明しています。合わせてその写真はあくまで「勝者」の撮った写真であり、今日の日本人が当時のアメリカ人と同じ視点で好奇心で写真を読み取ることを戒めています。新書サイズなのでもっと大きな版で写真が見たいところです。膨大な資料をよく整理された労作と思います。


推薦文を寄せている映画監督の片渕須直さんの作品『この世界の片隅に』に強く惹かれるのは、そこに描かれている風景が「敗者」の視点から描かれていて、連合軍の撮影した「勝者」側からの映像しか知らなかった自分に新鮮だったからでしょう。


<内容紹介>岩波書店のサイトより

七〇年以上前、占領下の日本において、アメリカ人によって無数のカラー写真が撮影され、いま、それらが続々と世に出てきている。「敗者」を撮ったそれらには、当時の人々、日常、風景が、驚くほどあざやかな色とともに焼き付けられている。目を奪われてはならない。そこから何が分かるのか? 資料として活用するには?

■推薦文

白と黒の迷彩。褐色の軍用機。そうした時代を通り抜けて、女の子の服はあざやかな赤。時代をよみがえらせる色。どうやって撮られたのか。

――片渕須直(アニメーション映画監督、『この世界の片隅に』ほか)



以下は当方の読書メモです。他の人が読んでもわかりません。悪しからず。

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p22

本書にとって重要な点は、象徴的なイメージとそれをめぐる言説によって、占領期に対する心的機制が徐々に形作られ、今日に至っているのではないか、という問題意識である。人々がカラー写真を見た際に驚きの声を発するのは、形作られた占領期へのイメージに揺さぶりをかけられるからなのだ。


p40

占領期写真の三分類

オフィシャル、プレス、パーソナル


p140

本書の主役であるカラーフィルム、コダクロームにつながるものを紹介し、「高価で貴重」だと思われていたカラースライドが占領期に大量に撮影されることになった背景を明らかにしてゆきたい。


p157

アメリカでは1954年にコダクロームを現像料込みで販売することが反トラスト法に抵触するという同意審決が出されて、フィルムの価格と現像料金が切り離され、現像処理の方法が他社にも公開されたが、日本国内でコダクロームの現像が可能になるには、東京オリンピック前年の1963年まで待たねばならず、依然そていフィルムの輸入関税の高かった。それゆえポール・サイモンが"Kodachrome, they give usthose nice bright colors"(Kodachrome, 1973.邦題「僕のコダクローム」図3-7)と歌ったような、コダクロームの色彩が特徴的なアイコンとなる時代は日本にはやってこなかった(しかし、同じ歌では"I got a Nikon camera"とも歌われている)。


p159

アメリカ国内におけるカラープリントとスライドの枚数比較(図)

占領期間中を通じて(紙焼き写真は)スライドの半分以下となっている。


映像しないと見ることができないにもかかわらず、長年スライドが好まれた理由に、画質の良さと紙焼き写真の価格の高さが考えられる。


P161

カラースライドの「発見」

ここまで述べてきたように、コダクロームは最初から一般アマチュアを大きなターゲットとして販売され、年を経るごとに相対的な価格も低下し、使用者も増えて行った。その中には当然占領下の日本にやってきた進駐軍関係者も含まれていたが、彼らは不特定多数の他人に見せるための写真を撮影するプロの写真家と異なり、個人の趣味や家族の記録を残すためにシャッターを押した。それゆえ彼ら/彼女らのカラースライドは家から外に出ることはなく、日本に住むわれわれはそれらの写真を見る機会を持たないどころか、そもそもそういうものが存在すること自体知られていなかったのである。


p180

撮影者のアメリカ人たちは、占領者としての特権的な立場にいた。日本人に不躾にカメラを向けても、おおむね咎められることは少なく、異国の珍しい風景を遠慮なく撮ることができた。いかに前近代的で非衛生的な光景に興味を持ってもそこに暮らしたわけではない。写真を撮り終えれば、アメリカ本土並みに整備された家やホテルに帰り、日本からは切り離された生活に戻ることができた。


この撮る側と撮られる側の差は、われわれが今、占領期の写真に向かう態度に通底する。当時のアメリカ人が面白がったものをわれわれも同じように面白がり、被写体となった人物に苦情を言われることもなく、写真から目を離せばエアコンの聴いた21世紀の生活に戻りことができる。そのような視点を安易に共有してしまうことの危うさは、彼らが残した写真をだが享受するだけでは気づくことができないことは、強調しておきたい。


p232

コダック社はコダクロームの製造を2009年に中止したが、スライドを家庭で映写して楽しむという大衆文化は、すでにほぼ消えていた。映写される機会を失った古いスライドはそのまま眠り続け、いずれ廃棄される運命にあったが、だが、同じ時期、フィルムを高精度でスキャンしてデジタル化し、インターネット上で共有する作業が、個人レベルで可能になっていた。先に述べたように、flickにもそうした写真が数多く上がるようになり、eBayで古い写真の流通が盛んになっていったのもこの時期だ。古いメディアの退場に新しい技術の普及がオーバーラップしたことで、スライドが忘却から救い上げられたのである。


[あの頃のレコード] David Bowie "REGACY" (2016) Side 4


 3月24日(金)から公開の映画『ムーンエイジ・デイドリーム』、デヴィッド・ボウイ財団初の公式ドキュメンタリー映画。最晩年までスタイルを変化させつつ現役であったロック・スターだけに捉えどころがなく、あまり熱心なファンでなかった当方は数曲のヒット曲と、グラム・ロック時代を知るのみです。映画は観に行く予定です。予習をかねてベスト盤を聴いています。当方の購入したのはアナログ・レコードの2枚盤です。本日は Side 4 の紹介で、これで投稿は終わりです。


著名なアイティストはアナログで再発のベスト盤が出ているので、(ベスト盤で聴く)こういう聴き方もいいかたなと思っています。

引用は英語版のWikipediaから。


Side 4

1 Fame (1975)

2 Sound And Vision (1977)

3 'Heroes' (1977)

4 Where Are We Now? (2013)

5 Lazarus (2015)



1 Fame (1975)

"Fame" is a song recorded by English singer-songwriter David Bowie. It was released on his 1975 album Young Americans and was later issued as the album's second single by RCA Records in June 1975. Written by Bowie, Carlos Alomar and John Lennon, it was recorded at Electric Lady Studios in New York City in January 1975. It is a funk rock song that represents Bowie's dissatisfaction with the troubles of fame and stardom.

The song was a major commercial success in North America, becoming Bowie's first number 1 single on both the US Billboard Hot 100 and the Canadian Singles Chart. The song was one of the most successful singles of the year, ranking at number 7 on the Billboard Year-End Hot 100. However, it was less successful in Europe, reaching number 17 in the UK Singles Chart.

In 1990, Bowie remixed the song under the title "Fame '90" to coincide with his Sound+Vision Tour. "Fame" has since appeared on many compilation albums, and was remastered in 2016 as part of the Who Can I Be Now? (1974–1976) box set.

The song is one of four of Bowie's songs to be included in The Rock and Roll Hall of Fame's 500 Songs that Shaped Rock and Roll.


2 Sound And Vision (1977)


"Sound and Vision" is a song by English musician David Bowie. It was released in January 1977 by RCA Records on side one of his 11th studio album Low. RCA later chose it as the first single from the album. Co-produced by Bowie and Tony Visconti, the song was recorded at the Château d'Hérouville in Hérouville, France, in September 1976, and completed at Hansa Studios in West Berlin in October and November. The song began as a simple G major chord progression that Bowie gave to the backing musicians, writing and recording his vocals afterward. It features backing vocals from Brian Eno and Visconti's then-wife Mary Hopkin.


Regarded by biographers as the closest to a "conventional pop song" on Low,[1][2] "Sound and Vision" is oddly structured. Beginning as an instrumental, elements are added throughout the song's runtime; Bowie's vocals do not appear for over a minute and a half. The song's lyrics are dark and introspective, reflecting Bowie's mental state after years of drug addiction, and provide a stark contrast to the music itself, which is more joyous and upbeat. Like other Low tracks, the song's drum sound was achieved through the use of Visconti's Eventide H910 Harmonizer.


Released as a single on 11 February 1977, "Sound and Vision" was a commercial success, making number three on the UK Singles Chart, aided by its appearance in BBC television commercials. It peaked at number 69 on the Billboard Hot 100, signalling Bowie's commercial downturn in the US until 1983. Music critics and biographers consider "Sound and Vision" one of Bowie's greatest songs. He performed it only once on his 1978 Isolar II world tour, but frequently on later tours. Remixes of the song have been created in subsequent decades and it has appeared on several compilation albums.


3 'Heroes' (1977)


"'Heroes'"[a] is a song by English musician David Bowie from his 12th studio album of the same name. Co-written by Bowie and Brian Eno and co-produced by Bowie and Tony Visconti, the song was recorded in mid-1977 at Hansa Studio 2 in West Berlin. Using a G–D chord progression, the backing track was recorded fully before lyrics were written; Bowie and Eno added synthesiser overdubs while Robert Fripp contributed guitar. To record the vocal, Visconti devised a "multi-latch" system, wherein three microphones were placed at different distances from Bowie and would open when he sang loud enough. Like other album tracks, he improvised lyrics while standing at the microphone.


An art rock song that builds throughout its runtime, "'Heroes'" concerns two lovers, one from East Berlin and the other from the West. Under constant fear of death, they dream they are free, swimming with dolphins. Bowie placed the title in quotation marks as an expression of irony on the otherwise romantic or triumphant words and music. Directly inspired by Bowie witnessing a kiss between Visconti and singer Antonia Maass next to the Berlin Wall, other inspirations included a painting by Otto Mueller and a short story by Alberto Denti di Pirajno.


Released in edited form by RCA Records on 23 September 1977 as the album's lead single, initial reviews for the song were mostly positive, with some welcoming it as a classic addition to the artist's catalogue. Bowie heavily promoted the song with a music video directed by Nick Ferguson, and sang it on numerous television programmes throughout September and October 1977, including Marc Bolan's Marc and Bing Crosby's Christmas special. Bowie also released German and French-language versions of "'Heroes'", titled "'Helden'" and "'Héros'", respectively. Despite its large promotion, the song only peaked at number 24 on the UK Singles Chart and failed to chart at all on the US Billboard Hot 100, but reached the top 20 in multiple European countries and Australia.


Over time, the song has grown substantially in reputation and been seen as one of Bowie's best songs, with some considering it one of the greatest songs of all time. However, his biographers pan the single edit for diminishing the song's power. Following Bowie's death in 2016, the song reached a new peak of number 12 in the UK. The song remained a staple throughout his concert tours and live performances. Bowie's second-most covered song after 1974's "Rebel Rebel", a version of "'Heroes'" by the Wallflowers was positively received and charted in the US and Canada in 1998. Another version by the finalists of The X Factor was a UK number one in 2010. The song has also been used predominantly in advertising over the years and has appeared in several television series and films, including Moulin Rouge! (2001), The Perks of Being a Wallflower (2012) and Regular Show (2017).



4 Where Are We Now? (2013)

"Where Are We Now?" is a song by English musician David Bowie. Recorded in secret between September and October 2011 at the Magic Shop in New York City, it was released by ISO and Columbia Records as the lead single of his 25th studio album The Next Day on iTunes on 8 January 2013, Bowie's 66th birthday. It was accompanied by a music video directed by Tony Oursler, which was posted on Bowie's website.[1] According to producer Tony Visconti, the timing of the release was Bowie's idea, and the single was simply "dropped" in iTunes for fans to discover, with no prior warning or fanfare.[2]


Upon its release, "Where Are We Now?" received significant news coverage; it was Bowie's first release of new material since Reality (2003). It garnered acclaim from music critics, many of whom praised the song's reflective lyrics and somber quality, and deemed it a welcome return for the artist after a decade-long hiatus. It topped the iTunes charts in numerous countries and peaked at number six on the UK Singles Chart, making it Bowie's biggest hit since "Absolute Beginners" in 1986 and his last top ten hit before his death in January 2016. The success of the song also meant that Bowie has had a top ten hit on the UK Singles Chart in five different decades (1960s, 1970s, 1980s, 1990s and 2010s), something which few other artists have managed to achieve.


5 Lazarus (2015)

"Lazarus" is a song by English rock musician David Bowie. Released on 17 December 2015 as a digital download, it was the second single from his twenty-sixth and final studio album, Blackstar (2016). It is Bowie's last single to be released during his lifetime. The single received its world premiere on BBC Radio 6 Music's Steve Lamacq on the day of its release as a single.[4] In addition to its release on Blackstar, the track is used in Bowie's off-Broadway musical of the same name.[5] The official music video, directed by Johan Renck, was released on 7 January 2016, three days before Bowie's death.


Bowie never performed the song live, but on 17 December 2015, Michael C. Hall appeared on The Late Show with Stephen Colbert, singing "Lazarus" to promote both the single's release and the musical running at New York Theatre Workshop starring Hall.[6]


"Lazarus" was Bowie's first top 40 hit single on the Billboard Hot 100 in more than 28 years, landing at number 40 in the week after his death.[7]


Billboard ranked "Lazarus" at number 40 on their "100 Best Pop Songs of 2016" list.[8] Pitchfork listed "Lazarus" on their ranking of the 100 best songs of 2016 at number 5.[9] In the annual The Village Voice's Pazz & Jop mass critics poll of the year's best in music in 2016, "Lazarus" was ranked at number 8.[10]


[惹句どんどん] 大島渚(映画監督)

 


敗者は映像をもたない



1975年、「敗者は映像をもたない」と書いたのは映画監督の大島渚たっだ(『体験的戦後映像論』)。大島は作品制作のためのリサーチをする中で、アメリカ軍が爆撃機から撮影した映像はあるが、空襲を受けている側の映像がないということを実感した。この短い言葉には二つの意味が含まれている。一つは、敗者は撮影の機会を持てなかったという認識。もう一つは、たとえ映像を撮っていたととしても、敗者はそれを勝者に持ち去られてしまうという認識である。大島は、敗者は映像を持ちづらいという構造を看破したのだ。敗者は「持たざるもの」である。

『占領期カラー写真を読む ―オキュパイド・ジャパンの色』(佐藤洋一・衣川太一著、岩波新書、2023年)より


[積読立読斜読] 『久保田万太郎俳句集』(岩波文庫、2021年)(93)

岩波文庫版の久保田万太郎俳句集、収録が902句で、今回で読了です。
最晩年の句でしみじみと寂しさが伝わってきます。

改めて岩波文庫の内容紹介を紹介します。


芥川龍之介は万太郎の俳句を「「嘆かひ」の発句」と喝破した。万太郎は「俳句は余技」とした。その無防備を装って詠み上げられた余技は、日本語での詠嘆の美しさ、表現の自在さにおいて、他の俳句の追随を許さない。国民に広く愛唱されてきた。明治末年より亡くなる昭和38年までの半世紀間の全句8000句から900句を精選した。
https://www.iwanami.co.jp/book/b589300.html





890 枝々にまつはる雪のきざしかな


891 雪の傘たゝむ音してまた一人


892 鮟鱇もわが身の業も煮ゆるかな


893 春の灯の水にしづめり一つづつ


894 春の灯のまたゝき合ひてつきしかな


895 鉛筆を削りためたる日永かな


一人”まるたか”にて小酌

896 花冷えのみつばのかくしわさびかな


897 花冷えの燗あつうせよ熱うせよ


898 花冷えの箸まなかつをむしりけり


旅中(二句)

899 人の世のかなしき櫻しだれけり


900 世に生くるかぎりの苦ぞも蝶生る


901 あぢきなき晝あぢきなく目刺燒け


902 遮莫(さもあらばあれ)焦げすぎし目刺かな





[その他] 2月27日(月曜日)カフェダスティ―アーツ読書会 19:30~21:00

毘沙門台にあるカフェでの読書会。縁あって参加。

2月27日(月)は『GRIT やり抜く力』でした。

67回の『葉隠』はコロナで中止。68回の『代表的日本人』から連続参加しております。

 




次回は『風姿花伝』。



[積読立読斜読] 『凡事徹底「一日一話』(鍵山秀三郎著、PHP研究所)2月23日~2月29日


 







[ひとり「広島掃除に学ぶ会」] 通勤途中のゴミ拾い 2月27日(月)~3月3日(金)

 今週は月曜から金曜まで呉市広にあるマンションの管理員代行。

通勤途中にゴミ拾いしたり、昼休みにしたり、休んだり、バラバラです。




2月27日(月曜日)


2月28日(火曜日)




3月1日(木曜日)




3月2日(木曜日)




3月3日(金曜日)