2021年7月1日木曜日

[積読立読斜読] 『正義と微笑』(太宰治、1942(昭和17)年)

 


今年後半の読書テーマ、太宰治の主要作品を読む。

本日は『正義と微笑』を読みました。新潮文庫版では『パンドラの匣』に収録。

昭和17年太平洋戦争中に書き下ろし長編として発表されたもので、太宰の内弟子の弟で劇団員であった堤康久の16歳から17歳までの実際の日記に触発されて執筆されたものだそうです。

もとになった日記は、昭和10年頃の旧制中学から大学予科性に進むアッパーミドルの青春が描かれており、意外にも太宰治独特の「暗さ」がありません。一種の青春小説として読めるかも知れません。

太平洋戦争下の国粋主義にかたまった世相に反して、まだ自由闊達さが残っていた昭和10年頃の自由主義的な生活を基盤に、キリスト教の信仰や思想を衒いもなく全面に押し出して、「非国民」扱いされそうな全く戦時色のない稀有な小説に仕上がっています。

表面的には厭戦的な言動はなく、例外として戦争賛美の作品『十二月八日』(主婦の日記という体裁で戦争への期待を語らせている)がありますが、あまり争いごとは嫌いだったようです。

主人公が演劇人として活動を始めた18歳の年末の日記で、作品は終わっています。


P225

けれども僕は、いまは決して自惚れてはいない。

己れ只一人智(かしこ)からんと欲するは大愚のみ。(ラ・ロシフコオ)

まじめに努力して行くだけだ。これからは、単純に、正直に行動しよう。

知らないことは、知らないと言おう。出来ない事は、出来ないと言おう。

思わせ振りを捨てたならば、人生は、意外にも平坦などころらしい。

磐の上に、小さい家を築こう。