年間テーマの谷崎潤一郎主要作品スローリーディング。本日は『盲目物語』を読みました。
参考書は例によって『谷崎潤一郎を知っていますか 愛と美の巨人を読む』(阿刀田高著、新潮社、2020年)です。
『盲目物語』は1932(昭和7)年、中央公論社から刊行。谷崎46歳。関西に移住して8年目の作品。
構成は戦国時代のお市の方とその娘茶々に使えた盲目の坊主(按摩)弥一の語りの体裁をとり、史実に忠実なようですが、語りては創作です。
語り手が盲目なので「語り」の雰囲気を出すためか漢字が極端にすくなく、視覚的効果を谷崎は狙ったようです。そのせいで大変読みにくい。
按摩坊主の弾き語る三味線の小唄とともに朗読ラジオドラマのような「音」の形式が相応しい作品かも知れません。
P526谷崎は『文章読本』で、「盲目物語」では「なるべく漢字を使はないやうにして」、「視覚的効果」や「音楽的効果」を考慮したと述べている。
身分の違う女性への恋恋慕は作者の得意とするところですが、憧れの高貴な女性の身体を直接触りながらも、達することのできない想いは大層なまめかしいものでした。
真の主人公は豊臣秀吉かも知れません。
P404太閤でんかはあのお方の父御(ててご)をほろぼし、母御をころし、御兄弟をさへ串ざしになされたおん身をもつて、いつしかあのお方をわがものにあそばされ、親より子にわたる二代の恋を、をだにのむかしから胸にひそめていらしたおもひを、とうとうお遂げなされました。
P379ししもの大軍も﨟次(らつし)もなくくづれてしまひました。
P358それにしてもこれほどのおかたが早くから不縁におなりなされ、つつむにあまる色香をかくしてあぢきないひとりねのゆめをかさねていらつしやるとは、あんといふことか。しんざん(深山)の花は野のはなよりもかをりがたかいと申しますが、春はお庭にきて啼くうぐひす、あきは山の端(は)にかがぶく月のひかりよりほかにうかがふもののかい玉簾(たまだれ)のおあくのおすがたを、もし知るひとがありましたら、ひでよし公ならずとも煩悩のほのほをもやしたこどええござりまでうに、とかくよのなかの廻りあはせはかうしたものでござります。
P356これもめしひにうまれましたおかげかとおもへば、このとしになりますまで自分のかたはをくやんだことは一ぺんもござりませぬ。
P398それに、わたくし、ほんたうはそんあことよりも、せなかのうへにぐつたりともたれていらつしやるおちやちやどののおんゐしき(臀)へ両手をまはしてしつかりとお抱きもうしあげました刹那、そのおからだのなまめかしいぐあひがお若いころのおくがたにあまりにも似ていらつしやいますので、あんともふしぎななつかしいここちがいたしたのでござります。
引用のページは広島県立図書館から借りた中央公論新社版、谷崎潤一郎全集第15巻(2016年刊行)のものです。
お市の方出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』お市の方(おいちのかた)は、戦国時代から安土桃山時代にかけての女性。小谷の方(おだにのかた)、小谷殿とも称される。名は通説では「於市」で、「市姫」とも云い、『好古類纂』収録の織田家系譜には「秀子」という名が記されている。戦国大名・織田信長の妹(または従妹)で、信長とは13歳離れている。通説では、父は織田信秀で、五女と伝えられ、母は土田御前とされている。信行、秀孝、お犬の方は同腹の兄姉という。初めは近江の大名・浅井長政の継室となり、後に織田家重臣の柴田勝家の正室となった。子に茶々(豊臣秀吉側室)、初(京極高次正室)、江(徳川秀忠継室)がいる。孫にあたる人物は豊臣秀頼(茶々の息子)、豊臣完子、千姫、徳川家光、徳川和子(江の娘、息子)など。徳川和子は後水尾天皇の中宮となり、その娘は明正天皇となった。また、今上天皇の先祖に当たる人物でもある。


