3月7日(日曜日)、呉地区に用があったのでマイナーな戦跡巡り。
スローリーディング中の『この世界の片隅に』の舞台は呉ですが、実に詳細に取材を重ねられており、ロケ地を巡るだけでも当時ここに住んだ人々の生活の跡を感じることができます。また鎮守府呉の大きな歴史には触れていませんが、小さなエピソードから創造させるような仕掛けで、十分に推敲されているのがわかります。戦跡巡りと併せて読むとより歴史が理解できると思います。
(1)三宅本店(千福)の煙突
大和ばかりが呉鎮守府ではないと思う。軍隊に付き物なのが「酒と女」。千福の工場と朝日遊郭跡に行ってみました。1923年(大正13年に)に建てられた耐熱性のある白い煉瓦の煙突だそうです。海軍御用達の日本酒。
(2)遊郭・朝日町跡
遊郭の痕跡はありませんが細い路地の住宅街。橋の欄干に「朝日」の文字が残ってました。戦災前の写真では「千福」の看板が目立つところにあります。
(3)広・第11海軍航空廠・門柱跡
現在は王子マテリアルという民間工場の敷地内に標識もなく残っています。海軍の航空機(飛行艇)を作っていた工廠の正門だそうです。
(4)艦載機グラマンによる機銃掃射跡
門柱跡の反対側にある法面に残っている機銃掃射跡だそうです。1945年5月5日の空襲。
(5)第11海軍航空廠・第5工場(隧道)跡
防空壕のような穴は広の長浜公園近くにあるトンネルの跡で、航空機エンジンの部品製造に使われていたそうです。米軍弾薬庫から「誉」エンジンが発掘され大和ミュージアムに展示されていますが、それらの部品製造だったと思われます。
(6)大入魚雷遠距離発射場跡
呉海軍工廠は魚雷の製造も行っていて、その試射場です。人間魚雷「回天」の試作機もここで試験したそうです。発射場からの沖には島影がなく、長距離の魚雷の試射にも使えたようです。(後にさらに安全な山口県に移転)。
(7)観音崎砲台跡
近隣のバス停の案内板には「大和」の砲台とありますが、航空巡洋艦に改装された最上の砲塔(15.5cm3連装砲が砲塔ごと)だそうです。高角砲ではなかったようで対航空機用としては意味がなかったかも知れません。アメリカ軍が上空から撮影した写真が残っています。現在は私有地で整地中。頂上までは行けませんでした。
(9)入船山記念館
呉鎮守府司令長官の官舎をはじめ海軍関係の史跡が集まっている公園です。海軍工廠にあった時計台とか、高角砲の砲身とか、意外な展示もありました。長官宿舎の応接室は実に優雅でした。

















