2021年3月28日日曜日

[積読立読斜読] 谷崎潤一郎『卍』(1931(昭和6)年)


 阿刀田高さんの谷崎入門書『谷崎潤一郎を知っていますか』(新潮社、2020年)をテキストに年間テーマで谷崎の主要作品をスローリーディング中。紹介されていた『卍』を読了しました。


初出は雑誌『改造』、1931(昭和6)年単行本化。映像化に向いた作品なのか海外も含め5度も映画化されています。



こちらは1964年の若尾文子、岸田今日子、主演のもの。


日常的にはほとんど使うことのない「卍」の漢字。漢和辞典では①まんじ。梵字で「万」にあたる字。②「卍」のような形。また入り乱れるさま。とあります。日本語のみならず中国や逆書体でのドイツでの引用もあり不思議な漢字です。


内容は関西の有閑マダムを中心とした懶惰な愛憎劇。『痴人の愛』のナオミの育ちをよくして生まれを関西に移した感じです。愛憎劇に巻き込まれた寡婦が作家の先生(谷崎がモデルか?)に告白するという構成。


両家の子女が両性愛の上、不倫を重ねて情死する、というストーリーです。発表年代を考えると相当スキャンダラスな題材だったのでしょう。作品の質とすればやや単調で同じ時期の『蓼喰う虫』のモチーフとなった人形浄瑠璃のような関西ならではの文化的背景がなく、婦人の告白という語り形態をとったため(構成の秀逸さは認めつつも)底が浅くて残念でした。


周辺にモデルがいて、王朝絵巻を目指した『細雪』には刺激が強くて採用できず、スピンオフした作品と捉えればよいかも知れません。


アイデアと題名に『卍』を採用したことで「決まり」の作品かと思います。



卍(まんじ) 

インドの諸宗教で,瑞相(ずいそう)すなわち吉祥や美徳を象徴するものとして用いられる印。卍字,万字とも書く。サンスクリットでは〈スバスティカsvastika〉あるいは〈シュリーバトサ ⇒r ̄vatsa〉といい,吉祥喜旋,吉祥海雲などと漢訳される。太陽が光を放つありさまを象形化したのが起源であるとされているが,アショーカ王碑文中の〈スバスティ svasti(〈吉祥〉の意)〉という文字を図案化したものが起源であるとする説など異説も多く,一定していない。ヒンドゥー教ではビシュヌ神の胸の旋毛を象徴したものとされ,仏教では釈梼の胸や足裏にある瑞相とされる。またジャイナ教でも吉祥の印(しるし)として用いられている。


仏教とともに中国,日本にも伝えられ,現代の日本では仏教や寺院を示す記号・標識として用いられている。なお,万字には中心から右に旋回した右万字咏と左に旋回した左万字卍とがあり,ヒンドゥー教などでは両者に異なった意義づけを与えているが,中国,日本ではその区別はなく,現今の日本ではもっぱら左万字卍が用いられている。     吉岡 司郎


[卍文]  文様としての基本形は十字形の各先端が直角に曲がったもの(十字)。変化形が多く,先端が渦巻状となるもの,四つ巴の図と地が反転した形のもの,左万字,右万字の各先端がさらに屈曲し連続文となった万字昔ぎ(まんじつなぎ),万字崩し,数本の平行線から成る万字文,ギリシアの怪物ゴルゴンと組み合わされ,ゴルゴンの膝走り文(ひざばしりもん)と呼ばれるもの,幾何学文様化した鹿を万字形に構成したもの,全体を菱形に変形したもの,などがある。鉤十字を含めた文様としての万字の歴史は古く,前3千年紀のメソポタミアのスーサ出土の彩陶をはじめ,ギリシア,ローマ,インド,中国など古代文明の栄えた各地域で見つかっている。万字文は古くは太陽が光を放つ状態をかたどったものとも考えられているが,同時に運動のシンボルでもあった。初期の万字文には回転の方向による明確な意味づけはなかったが,のちに右万字が正常で聖なるものとして区別されることも行われた。その理由として,(1)太陽・天体の運行である右回りと同調する,(2)インドにおいて樹霊の宿る菩提樹を中心に右回りしながら男児の誕生を祈る,(3)仏教発祥以後聖地を右回りに拝するのがよいとされたこと,などが挙げられ,右万字は幸福と豊穣を表し,左万字は逆に死を表すものともされた。


 世界各地の万字文を挙げると,ギリシアにおいてはアテナイのディピュロン出土の前8世紀ころの壺にギリシア雷文の一つとしてあらわれ,のちに絵画や建築装飾,服飾など広く用いられた。また,ナチスの標章として有名なハーケンクロイツHakenkreuz は鉤十字の一種で,右万字である。中国では卍は仏書にある万の字の代りとして用いられ,仏の胸上の吉祥万徳の印であった。連続文の万字昔ぎは不断長久(ふだんちようきゆう)を表すものとして織物や黄檗(おうばく)山万福寺の装飾などに用いられている。万字昔ぎの一種,紗綾形(さやがた)は桃山時代に明から輸入された紗綾という織物の紋であったことからその名がついたというが,卍のもつ仏教的イメージから離れているためか,日本の織物や朕紙の文様として愛好されている。                       一条 薫


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